満月の夜。
戦いに敗れた屍が土に還り、エリクサーとなって生まれ変わる夜。
その神秘的な夜に、大小いくつもの影が蠢いていた。
「いつまでもメソメソしてんじゃねえよ」
口火を切ったのは、仲間内で「不愛想」と呼ばれているバーバリアンだった。
バーバリアン、アーチャー、ジャイアント。
それぞれのユニットが、アーミーキャンプの芝生の上に思い思いに腰を下ろしている。
姿かたちは違えども、その表情は共通して張りがなく、みな俯き加減に首を傾けて黙っていた。
「負けたのは俺たちに力がなかったからだ。泣いていても、いつまでも勝てるようにはならねえ」
不愛想はそう言うと、生まれ変わって新品になったばかりの剣の先を、人差し指でそっと撫でた。
「でも、さっきの村は6時から攻めるより10時からのほうが――」
「やめとけ『理屈屋』。チーフの悪口は言わないほうがいい。お前のためにもな」
遮られた「理屈屋」は、少し不服そうに口をつぐんだ。
不愛想が苛立ちを露わにして口を開く。
「とにかく、まずはユニットの強化が先だ。研究室にウィザードを追加しろ。でないと俺たちは――」
「本当にそう思うかい?」
投げかけられた言葉に、みなの視線が泳ぐ。
睨みつける「不愛想」の視線の先には、一匹のゴブリンが芝生をむしりながら卑屈な笑みを浮かべていた。
「皮肉屋……」
「無理しなくていいんだぜ、『不愛想』。
ここ最近のクラン大戦の戦績は10戦10敗。俺たち立派な弱小村だ。その原因は何だろうなあ」
「それは……」
助けを求めるように送った目線を拒絶するジャイアント。聞かなかったことにして爪の手入れをするガーゴイル。
「俺たちが弱いからか? 確かにそれはあるかもしれない。
もし、俺たち全員が本当に全力で戦っているならな」
「どういうことだ」
「いるだろ? 『二人だけ』全力で戦っていない奴が」
「……キングとクイーンの悪口はやめろ」
「ふっ、その言葉はお前自身が、それを事実だと認めちまったようなもんだぜえ?」
俯いた『不愛想』は、剣を握った右手に力を込めた。
『皮肉屋』が自嘲気味に笑う。
彼の緑色の皮膚には、ひと際暗い闇が影を落としていた。
「お前にも分かるだろう、『不愛想』。攻撃中に、大砲がくるりと向きを変え、こちらに狙いをつける瞬間。塔の上の狙撃手と目の合う瞬間。
思い出すだけで体が震えるんだ。夢に出てきて何度も目が覚める。
俺たちは死んだら、エリクサーになって兵舎から蘇る。それでも怖い、怖いんだ。生き返ると分かっていても、死の淵に立つあの瞬間が。
だが、あの二人が死ぬことはない。俺たちがどれだけ死ぬ気で戦ったって、眠ればすぐに傷が治る」
その分かり切った事実を聞きたくなかったのか、遠くでジャイアントが二人ほど、立ち上がって去っていった。
他のユニットたちも、なるべく「皮肉屋」の声が届かないように、せめてもと目を瞑る。
「あの二人は自分たちが死なないのをいいことに、俺たちを利用しているんだ!」
『皮肉屋』の声には、少しばかりの嘆きが混じっていた。
周りには、いつもは他人と関わらないアーチャーたちも寄ってきていた。
「分かるわ……クイーンは私たちのことを何とも思っていない。
私たちのために、彼女は泣いてはくれない」
アーミーキャンプでの悲しみの叫びは、一晩中途切れることがなかった。
『皮肉屋』も『不愛想』も、何も話さないままに静かにそこに座っていた。
その近くの兵舎の影で、大きな人影が覗いていることに気づきもせずに――。
* * *
「あら、浮かない顔して。どうしたの?」
村の中心、クロスボウのすぐ近く。
隣り合った二つの台座の一方に腰かけ、振り返りもせずにクイーンは言った。
彼女は村のアーチャーの長だった。
改造した小型自動クロスボウを持ち、艶めく紫の髪をなびかせて戦場を駆ける。
「あ、いや……」
消沈した様子のキングは、クイーンと目を合わさずに自分の台座にどっかりと腰を下ろす。
胡坐をかいた白い台座は、夜の空気にすっかりと冷えており、その冷たさがキングの尻から背骨までその冷気を伝えていた。
「戦いに負けた悔しさは分かるわ。でもあなたには落ち込んでいる暇はなくてよ。
次の戦いに備えて、やることはたくさんあるのだから」
手鏡越しにキングの表情を見ながら、クイーンは紫の長髪に櫛を入れる。
戦いの後、自慢の髪を手入れするのが彼女の日課だった。
クイーンは、部下の前では徹底した鉄面皮だった。
怒りも、悲しみも、喜びも、すべての表情を彼女は消し去っている。
戦いの最中はもちろん、兵舎から出てきたアーチャーが台座の近くを走っているときも、彼女は常に無表情を崩さない。
だからアーチャーたちは彼女を恐れていた。
感情が読めないだけでなく、窮地になると突然と姿を消す彼女の能力も、アーチャーたちの心に彼女への恐怖を植え付けていた。
しかし、キングは彼女の鉄面皮が偽りであると知っていた。
彼女はキングの前では感情豊かに話し、笑い、そして誰よりもこの村と自分の部下のことを考えていることを、キングは知っていた。
「バーバリアンたちは……いや、アーチャーも、ジャイアントもみんな、この村のために死ぬ気で戦っている。そして勝っても負けても、最後にはみんな死んでいく。
だが、俺たちが死ぬことはない。俺には分からないんだ。それがいいことなのか、悪いことなのか」
「あなたは、戦って死ぬことが美しいとでも言いたいの?」
クイーンは、毛先のチェックをしながら興味なさげに訊いた。
「いや、そうじゃない」
「部下に余計な同情をかけることは、それより多くの部下を殺すことになるわ」
キングは、普段自分に向けられることのない冷たい響きに、また少しだけ俯いた。
「だから、君はアーチャーたちの前では頑なに笑顔を見せようとしないのかい?」
「そうよ」
キングの問いかけに、髪の手入れを終えたクイーンが厳しい表情で振り返る。
「アーチャーの一人一人に情が移ったら、とっさの判断に迷いが生じる。
私の能力は、部下のアーチャーを犠牲にして私が姿を消す<ロイヤル・クローク>。
私が生き延びれば、勝てる確率も増えるし、より多くの部下が死なずに済む。だから、私はどれだけ嫌われようと、無表情を貫き通すし、彼女たちに同情することはないわ」
それだけ言うとクイーンは、「もう話すことはない」とでも言うように、黙って台座の上に寝転がった。
キングは一人、エリクサータンクのガラスに反射したアーミーキャンプの灯りを見つめていた。
静まり返った闇の隙間を縫って、遠くから海の音が重く響く。
ふと、キングの台座の脇を、兵舎で生まれたばかりのバーバリアンがすり抜けていった。
過去の戦闘で死んで生まれ変わったはずの彼は、一瞬だけキングに目をやると、すぐに目線をそらせてキャンプのほうへ走っていった。
「答えは出せないよ。俺には」
眩暈がしそうなくらい広く、深い星空に、キングはそう独りごちた。
To be continued...
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