カチョン。


出会いはその瞬間だった。201号室の扉を閉め、鍵を回すと同時に西谷雄二は廊下の先を見た。同時に鍵を抜き出した204号室の住人が、メガネの先からこちらを一瞥した。

 

一拍の空白があって、同時に鍵をポケットに突っ込み、歩き始める。

大学2年の秋だった。秋と言えど10月の昼時ともなれば、未だにじわりと汗がにじむ。階段を降り切るのも待たずにポケットからスマートフォンを抜き出した雄二は、それを横に向け、アプリを起動する。

 

Clash of Clans


他のプレイヤーとチームを組んで、他人の村から資源を奪い取ることで自分の村を育てるゲームだ。他のゲームが互いの協力を促す中、このゲームは熾烈な奪い合いを強要する。


なんとエゲツナイ。

 

雄二は住宅街を下を向いたまま進んだ。授業まではまだ時間がある。すれちがう車に驚いて、ふと顔を上げる。

目の前を歩いている204号室の住人が目に入った。手には同じくスマートフォン。横向きに構えて猫背気味に歩いている。

 

自然と歩みが早まった。なぜか心臓が一瞬跳ねた。


次第に距離が縮まり、小さな画面に薄緑の芝と薄茶色のタウンホールを見止める。クラクラだ。対戦用の配置を編集しているのか。瞬間、意図せず喉が震えた。

「それ……クラクラ?」

 

声をかけられたメガネ面は、細い目をさらに細めて見返してきた。

迷惑。額に寄せられた眉がはっきりとそう言っていた。


それもそうだ。

面識もない、ただ同じマンションに住んでいるだけの同年代の住人に話しかけられたのだ。しかも集中して村の配置を編集して居るときに、だ。


思わず口をついた問いに、思い切り眉をひそめられ、雄二は言葉を探して目を泳がせた。


特に話すことがあって話しかけたのではないのだ。同じアパートに住む住人が同じゲームをしている。それだけなのだ。

 

何も言えない状況に、ひとまず雄二は笑みを返した。

そして、何も分からない頭で考え、こう言った。

 

「君と僕でクランを作ろうよ。クラン名はほら、アパートの名前から……」


クールなメガネ面が、一瞬だけ崩れる。しかしすぐにもとの仏頂面を取り戻すと、目を伏せて鼻を鳴らした。

 

これが、クラン「メゾン・ド・ドッグス」の始まりだった。



第一話>