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母がClash of Clans を始めたのは4か月前、12年間使い続けた携帯電話が昇天した時だった。

 

携帯電話が亡くなるついでに、大好きだった父も死んだ。

母の携帯電話はスマホに変わったけれど、父は新しく生まれ変わったりはしなかった。

 

機械音痴の母親が、なぜ突然スマホを使い始めたのかは、よく分からない。

銀行のタッチパネルすら押せず、アルファベットも読めないから、パソコンもすら使えない母。

 

そんな母を、中学1年の私は少し、いや、かなり疎ましく思っている。

母のやることなすこと、すべてが気に入らない。

 

反抗期?

そんなふうに子ども扱いされることは腹立たしいけれど、でもそれに違いなかった。

 

「あやめちゃん、お母さんね。ついに天使ちゃんを使えるようになったのよ」

ヒーラーというカタカナが覚えられない母は、そんなふうに私に言う。

それに苛立って、私は母を無視する。

 

母はそんな時、少し肩をすくめて、対戦のリプレイを見直すのだった。

 

* * *

 

母は私と同じクランだった。

「メゾン・ド・ドッグス」のみんなはとても優しくて、何度言っても理解できない母に根気強く助言をしている。

私には、それが申し訳なくて仕方ない。

 

父が悪いのだ。父は母を愛しすぎていた。

役所の手続きも、電化製品の設置もすべて父がやった。

だから母はこうなのだ。

 

バトゥ

小百合さん、ジャイアントは体力が多いので、ウィザードより先に出しましょうね。

 

小百合

しふてpa-9

 

バトゥ

小百合さん落ち着いて 笑

 

チャットすらまともに打てないのだから、何のためのスマホだか、私には分からない。

 

母がクラクラを始める時、はじめは嬉しくて母をクランに招待した。

しかし、それは失敗だった。

メンバーに私の母親であると知られているのが恥ずかしくて仕方ない。

 

私が長老になったら、真っ先に母をキックしてやるんだ。

 

* * *

 

1224日。クリスマスイブの夜だった。

友達の家のクリスマスパーティが終わり家に帰ると、母がケーキを買って待っていた。

 

今日はクラン対戦の日だった。

母も対戦メンバーに入っているけれど、正直、誰も期待なんてしていないと思う。

 

母の攻撃をリアルタイムで見ながら、私は大きくため息を吐いた。

「お母さん、攻撃する時は先にジャイアントから先に出すって前に言ったでしょ!?」

「分かってるわよ。この緑の子でしょう?」

「それはゴブリンだって! ほんとバカなんじゃないの?」

 

期待していないとはいえ、母も対戦メンバーなのだから星を取れないと迷惑になる。

やっぱり、もう母はクランから追い出そう。

 

そう決意した時だった。部屋の隅で、小さく何かが動いた。

棚の後ろを、素早く移動している。

 

ゴキブリ? いや、クリスマスツリーみたいな赤と緑の色だ。

それに、10センチほどのその生き物は、確かに二本足で走っている。これって、

 

「アーチャー?」

 

目を凝らすと、小人は私に向けて弓を引いていた。

 

* * *

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目を覚ますと、私は絨毯に仰向けに寝ていた。

なんだか全身が痛い。寝てしまったのか。

 

ぼやけた頭のまま、起き上がる。辺りが夕暮れのようにやけに明るい。

 

見渡すと、部屋の風景が先ほどまでと変わっていた。

広さや間取りは同じだが、絨毯の肌触りは前より良いし、テレビもこんなに薄かったっけ?

 

ふとクラン対戦のことを思い出して、私は落ちていたスマホを拾い上げる。

 

しかし、いつもの音楽の後に見えた私の村は、見覚えのない配置に変わっていた。

しかもタウンホールが15という見たこともないレベルになっている。

 

これはどういう……それに、お母さんは?

 

「あ、やっと起きたの?」

玄関の方から声がして、小学生くらいの女の子が姿を現す。

 

心なしか私に似ているその子は、唇を尖らせて言った。

「お母さん、クラン対戦早く攻撃しないとみんなに迷惑だよ」

 

お母さん? その子はそう言った。

ああ、そうだった。私はお母さんになったんだった。

 

不明瞭だった記憶が鮮明になる。

娘のつくしは今年小学校を卒業する。顔は私に似ているけれど、旦那に似て背は高い。

 

どうして私は忘れていたのかしら。

 

つくしもクラクラをしている。半年前に始めて、いまはタウンホールもレベル17だ。

20年も前にクラクラを始めた私はまだタウンホール15

私も頑張るのだが、やはり今の子には勝てない。

 

つくしには、いつも怒られてしまう。

 

けれど、つくしがどんなふうに遊んでいるのか知りたくて、私もクラクラを続けている。

 

準備してあったユニットで、相手の一番下の村を攻撃する。

「最初にゴーレム、次にウィザード……」

一つ一つユニットを出していくと、壁の向こうから怒鳴り声が響いた。

 

「お母さん、なんでゴーレムなんて古いユニット使ってるの!?

そこはサイクロプスでタゲ取って、シャイニングの呪文とユニコーンの角で地中からクロスファイアコンボを決めれば全壊取れるって何回も言ってるじゃん!

なんでわからないの!」

 

また怒られてしまう。

最近は新しい戦術がどんどん増えているから、私にはついていくのが難しい。

 

「それに、4ディメンジョンタップもこの前教えたばかり!

右腕の血液を指先に集中させた状態で2秒以上タップすると、ハイパーインフィニティリンクで防衛施設の動きを止められるから!」

 

やはり20年も前にクラクラを始めた私にはもうついていけないのかしら。

 

一番下の村を攻めたのに星を一つも取れなかった。

でも私は、つくしが好きなクラクラを一緒にできる、それだけで幸せ。

 

昔、クラクラがとても下手だった母のことを思い出す。

お母さんも、こんな気持ちでクラクラをしていたのかな。

 

寝室の仏壇に目をやる。

つくしがまだ言葉も話せない頃、母は病気で死んだのだった。

何度やっても星を一つも取れない母は、私が高校に上がるとき、クラクラをやめた。

 

母の遺影を見ていると、20年程前に自分が母にぶつけた言葉の数々を思い出す。

「お母さん、なんでそんなに下手なのにクラクラ続けてんの?」

「それはジャイアントじゃなくてゴブリンだって! 馬鹿なの?」

「どう見ても二連巨爆埋まってるに決まってんじゃん、ちゃんと見なよ!」

 

ああ母は、下手でも怒られても、私と一緒に遊びたかっただけなんだ。

私は母のことを……。

 

急に鋭い頭痛がして、私はその場に座り込んだ。

霞む視界の中、見覚えのある赤と緑の子人が、位牌の後ろからこちらを覗いていた。

 

小人は素早く飛び出すと、動けない私に弓を引き、そして放った。

 

* * *

 

目を覚ますと、食べかけのケーキが皿に残されていた。

白んだ景色は見まごう事なく、母のいる我が家だった。

 

母は私が机に突っ伏していたことすら気づかず、無心にスマホを見つめている。

 

私は中学1年生の身体に戻っていた。

今のは夢? それにしては寝ていた時間が短いようだった。

見ていたはずの番組がまだ騒がしく爆笑を垂れ流している。

 

あの部屋は何だったのだろう。

あのつくしという子供は? そして母になった私と死んだ母の記憶は?

 

ぼやけた頭で目の前の母を見つめる。

滅多に見せない前回の笑顔で、空いた拳を強く握っていた。

 

「あやめちゃん! 見て、ほら! お母さん、初めて対戦で星が取れたの!」

母はそう言って、スマホの画面をこちらに向かって突き出してきた。

 

「うるさいよ、星一つくらいで」

いつものようにそう言おうとして、口をつぐんだ。

あの夢みたいな一瞬の中で、私は母となり母の気持ちを知ったのだから。

 

「よかったじゃん……おめでとう」

素直にこう言えること。それが私の第一歩。

 

母は目を細くして、たいそう嬉しそうに、ユニット作りを始めた。



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