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舞浜善純は男気溢れる男だった。

任された仕事はすべて真心でこなす。言い訳はせず、反省は背中で示す。

そうして、岸丸金属工業株式会社の営業本部長の地位を得た。

 

人を欺くべからず。自分の心を偽るべからず。

そうしてこれまで上司や取引先の信頼を勝ち得てきたのだった。

 

「とにかく、取引先に誠意を見せるんだ。社の負担にしてもいい。

あとは佐藤副本部長と相談したまえ。いいね」

 

クレーム報告に来た部下を励ますと、舞浜はタバコとスマホを手にオフィスを出る。

仕事の合間に社外の喫煙所で一服するのは舞浜の日課だった。

 

社外に出るのには理由があった。

 

タバコに火をつけると、舞浜はスマホのアプリを起動する。

Clash of Clans。聞きなれた起動音は、マナーモードでも鮮明に思い出せる。

 

学生時代は柔道一筋、大学卒業後は仕事一筋の人生で、ゲームなどしたことがなかった。

会社の宴会で、副本部長の佐藤のスマホにクラクラが入っているのを見つけたのがきっかけだった。

 

「最近のデジタルコンテンツについて学ぼうと思いまして」

佐藤の説明を聞いてダウンロードしてみると、それが強引な言い訳であることはすぐに分かった。

 

「こんなオモチャにうつつを抜かしている場合ではないよ、佐藤君」

そう言ったものの、暇を見つけて遊んでいると、いつの間にか舞浜の村は、佐藤の村を優に超すレベルに成長した。

 

クラクラをしていることは、誰にも言えない秘密だった。

そして舞浜には、もう一つ大きな秘密があった。

 

超野球伝説

世界史の小テストマジでむずかったー

 

mai

私も歴史チョー苦手なの…><…

 

Shota

maiちゃんって結局何年何組よ?

 

mai

それは、ヒミツだよー♡

 

岸丸金属工業株式会社、営業本部長の舞浜善純は、クラクラでの名前をmai♡といった。

 

* * *

 

舞浜がクラクラで年齢と性別を偽ったのは、些細な勘違いが発端だった。

世の山田さんが「山ちゃん」と呼ばれるように、舞浜は「舞ちゃん」と呼ばれていた。

 

クラクラで村人娘に名前を聞かれたとき、舞浜は「舞」と名乗った。

その後、あるクランに入った時、メンバーの自分に対する接し方に違和感を覚えた。

 

ジャイアント、ありがとうございます

 

チャラ男フィーバー

舞ちゃんのためなら、エメ使っても援軍送るぜ☆

 

いや、私は……

 

チャラ男フィーバー

ところで舞ちゃん何歳? どこ住み? 処女? ライン教えて?

 

どうやら相手は自分を女性だと勘違いしたようだった。

そのときふと一寸の妄想がよぎった。

 

チャラ男君、ありがとう♡

神奈川住みの17歳だよ♪ 処女かどうかは、自分で確かめて……?

 

女子高生になりきるのはそう難しくなかった。

舞浜には美樹という当時17歳の娘がいた。美樹になりきることで、大概の会話は乗り越えられた。

 

こうして質実剛健の漢・舞浜善純は、17歳の女子高生となった。

その後「舞」は「♡mai♡」へと改名、クラン「メゾン・ド・ドッグス」へ移ったのだった。

 

女子高生を名乗ることに抵抗はあった。

だが、♡mai♡であることで得られる快楽は、人を寄せ付けず、自分の腕一つで生きてきた舞浜善純の人生にないものだった。

 

他の誰かの気持ちになれることは、仕事をする上で必要なことである。

自分を偽らない男・舞浜は、自らの中にある矛盾をそう解釈した。

 

* * *

 

mai

今日、友達にネイルしてもらったの♡

みんなに見せてあげたいな♪

 

帰りの通勤電車で、舞浜は画面を隠しながらチャットを書き込む。

爪の清潔さが信頼を生む。そう信じてきれいに切り揃えられた爪には、当然余計な飾りはついていない。

 

メイプル

いいなあ(*^^*)

あたしもオシャレしたいー!

 

mai

でもメイちゃんも大学生でしょ? 絶対オシャレだよー(><)

 

メイプル

そんなことないってばー(><)

 

メイプルは都内在住の大学生とのことだった。

有名私立大学の学生で、テニスサークルに所属しているという。

 

娘にもぜひ有名大学に行ってもらわなければ、と舞浜は思う。

 

yuzy

メイプルさんとmaiさん、今日も仲良しですね。

 

mai

はい、メイちゃんは、大好きなお姉ちゃんです♡

 

メイプル

きゃっ嬉しい♡ 仲良し姉妹だねっ♪

 

こうした反応が返ってくるたび、うまくやっている、と舞浜は自信を持つ。

 

ゴールド・ロジャー

でも、実際には会ったことはないんでしょ?

 

mai

そうなんですけど……でも仲良しなんですっ♪

 

とにかく、人に媚びること。女同士の絆を深めようとすること。

これを実践して、返答に困ったことはなかった。

 

だが、今回だけは違っていた。

 

ゴールド・ロジャー

二人とも家が近いんだし、オフ会すればいいじゃない

 

mai

オフ会、ですか……?

 

無邪気な提案に、これまでの自信が一瞬で崩れ落ちる気がした。

会えるわけがなかった。メイプルは女子大生、自分は男。しかも50を過ぎたオヤジだ。

 

メイプル

いや、さすがにmaiちゃんもまだ高校生だし

 

ゴールド・ロジャー

でもそんなに仲良しなんだしさ、ご飯食べるくらいいいんじゃないの

 

mai

あの、オフ会はさすがにパパとママが……

 

yuzy

いいねー、オフ会。面白そう。

 

紫電改

お二人とも、感想お待ちしています!

 

mai

は、はい……

 

とんでもないことになってしまった。電車はまだ止まらない。

いっそ永遠に走り続けてはくれないだろうか。

 

レールの規則正しい音が充満する車内で、舞浜はスマホを握りしめた。

 

* * *

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オフ会は二週間後、品川のダイニングカフェで開かれることになった。

 

舞浜はその場をどう逃れようか、思案を巡らせた。

成績の下がる娘を塾に入れることも忘れ、オフ会を中止にする方法を考えた。

 

しかし、名案は浮かばなかった。

これまで実力と気合で困難を打ち砕いてきた舞浜には、小細工でかわす方法など持ち合わせてはいなかった。

 

メイプルに会い、謝罪をすることにした。

カフェの予約も敢えて取らなかった。

 

オフ会の当日、舞浜はいつもより仕事を早く切り上げ、オフィスを後にした。

佐藤がデスクで休憩をしながらクラクラをしているのが見えた。

 

「今日うちのクランの女の子がオフ会なんだってよ」

部下とそんな風なことを話しているように聞こえた。

 

「メゾン・ド・ドッグス」には「佐藤」というメンバーがいる。

が、まさか副本部長の佐藤だということはないだろう。

 

万一それが本人だとして、自分がmaiだと知られたらどうなるだろうか。

想像したら恐ろしくなり、舞浜は早足で駅に向かった。

 

待ち合わせは品川駅港南口の広場だった。

メイプルはまだ到着していないようだった。

若いカップルと、太った中年のサラリーマンだけが、ベンチに腰を下ろしていた。

 

メイプルは、なかなか来なかった。

待ち合わせの時間を10分過ぎても、それらしき人物は現れない。

 

ベンチに座っていたカップルは、とうに立ち去ってしまった。

これから女子大生を相手に頭を下げなければならないと思うと、落ち着かない気分だった。

 

もしかしたら、広場にそれらしき人がいないため、別の場所でまっているのかもしれない。

 

mai

メイちゃん、もう品川にいるー?

私はもう着いたよー♪

 

この期に及んで女子高生を貫くか迷いながらも、舞浜は素早く親指で文字を書く。

 

メイプル

私も品川についたよ♪ maiちゃんどこかなー?

 

チャットの表示を見て、舞浜はもう一度顔を上げる。

しかし、相変わらず周囲に女子大生らしき人影はなかった。

 

mai

ベンチのところにいるけど、メイちゃんはどこ?

 

さすがにこれで分かってもらえるだろう。

そう思って顔を上げた、そのときだった。

 

maiちゃんですか」

太い声がした。目の前には、はち切れそうなワイシャツ。

 

思わず舞浜は声を失った。

年齢相応に皺の刻まれた舞浜の顔が硬く強張る。

 

目の前にいるのは、先ほどからベンチに座っていた男だった。

辺りは心地よい風が吹いているのに、舞浜の背中は気持ちの悪い汗でいっぱいになった。

目の前の太った中年サラリーマンの額にも、脂が浮いている。

 

「まさか、あなたが……メイちゃん?」

「はい。あなた、maiちゃんですね」

 

聞き取りづらい、低い声でそう問われる。

声が裏返らないよう、舞浜はゆっくりと頷いた。

 

「あのmaiちゃんが男だなんて思いもしなかったですよ」

「私も、メイプルさんが男だったなんて。女子大生というのは……」

 

「それはあなたがネイルをしていないのと同じことですよ」

太った男はそんなことを言って、地鳴りのような声で笑った。

 

「私、妻が楓というんですよ。それで、メイプル。

アカウントを受け継いだら、やたらと女扱いされるんです」

「それは私も同じです。それで、今日は謝るつもりで……」

 

ぶはは、と男は豪快に笑った。

身体の力が抜け、舞浜はその場にへたり込みそうになる。

 

太った「メイプル」はワイシャツの袖で額の油を拭い取ると歩き出した。

「で、今日はダイニングカフェでしたか」

仕事中から腹減っちゃってねえ、と彼は続ける。

 

「いや」舞浜は歩みを止めて言う。

「駅の反対側で一杯やりませんか。オシャレなカフェは、我々には似合わない」

 

太った男は満足そうに頷く。

「とびきり上手い店に行きましょうよ、maiちゃん」そんなことを、言った。

 

* * *

 

その日の深夜。

 

mai

オフ会超楽しかった♡

メイちゃんもお人形さんみたいで可愛かった♪

ウチらは「メゾン」の仲良し姉妹だよっ♡

 

メイプル

あたしも楽しかったよ♡ また行こうねっ♪

 

メゾン・ド・ドッグスのチャットでは、終電で帰宅した二人のオフ会の感想が、楽しげに語られたという。


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