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公園街の小さなベンチ。

学校帰りの劉麗華は街路樹の下に座ってスマートフォンを見つめていました。


雨上がりの歩道の凸凹には大きな水たまりができていて、濁ったそれは時々通り過ぎる人に踏みつけられてざわめき立ちます。


台湾きっての大通り、忠孝西路の向こうに覗く台北駅も、荘厳な造りの背後に暗雲を引き連れて、静かに、しかし険しい目で、座り込む麗華を見下ろしていました。


麗華は台湾の名門、台北一女高校の一年生です。

彼女は、恋をしていました。


劉麗華

みなさんこんにちは。私はいつも失敗は攻撃します。

何を良いないか、教えてくれます?


麗華は不慣れな手つきで日本語を打ち込みます。

彼女の遊んでいるゲームは「部落衝突」、英語ではClash of Clansといいました。

プレイヤー同士で戦い、資源を奪い合うゲームです。


彼女は、日本のクランに所属していました。

台湾人なのに日本クランに入っているのは、その方が日本語の勉強になると思ったからです。

そして、そこで彼女は一人の男性プレイヤーに出会いました。


キムタク

レイカさん、こんにちは。

先ほどの攻撃は、ちょっとウィズを出すのが遅かったかもしれません。ゴレウィズなら、もう少し早くウィズを出してサイドカットしないと、ゴレが溶けてしまいますよ。


日本語を勉強中の麗華にとって、クラクラの専門的な言葉はさっぱりわかりませんでした。

でも、彼女にとってそれはどうでもいいことでした。

自分の日本語が彼に通じて、返事をくれる。


それだけで彼女は幸せになれるのでした。


劉麗華

キムタクさんありがとうございます。

私、本当に嬉しい。


台北の空は、いつの間にか青く晴れ上がっていました。

台北駅の白亜の外壁に反射した太陽が、微笑むようにさりげなくきらめきました。


* * *


「小麗,你還在玩部落衝突啊!(麗華、まだクラクラなんかやって!)」


大学の同級生、王志明は呆れ顔で言いました。

それから、次の授業に遅れちゃう、と捲し立てました。


「いま対戦中なの、ちょっと待って」

こうなったら麗華は動きません。

志明は教室の机に腰掛けて、集中する麗華のスマホを覗き込みました。


「好玩嗎?(面白い?)」

「嗯(うん)」

「真是阿宅呀(ほんとオタクなんだから)」


それを聞き、攻撃が終わった麗華は顔を上げました。

「あんただって嵐オタクじゃないの」

わざと渋い表情を作って、麗華は立ち上がります。

次の授業まであと5分しかありません。


「私はオタクじゃないの。嵐のみんなのお嫁さん。ああ困ったわ、私は一人なのに」

そう言った志明に、麗華は冷ややかな目線を突き刺します。

「なによ。あんただって好きでしょ。なんだっけ……チムタク?」


「キムタク」

麗華は強い口調で訂正します。

瞬間、麗華の脳内では木村拓哉の声で、先ほどのクラクラでのキムタクとの会話が再生されました。


麗華はSMAPの木村拓哉のファンでした。

周りの友達は彼のことをオジサンだと言いますが、麗華は彼の爽やかな笑顔の虜になり、彼のために日本語を勉強し始めました。


麗華は同じクランのキムタクが木村拓哉でないことを、当然知っています。

しかし、いつでも麗華に優しくアドバイスをしてくれるキムタクにいつしか惹かれ、麗華は彼に木村拓哉のビジュアルを重ねるようになっていました。


「顔が赤いけど大丈夫?」

志明が顔を覗き込みます。

麗華はわざとらしく時計を見て、「やばい、あと2分しかない!」と叫びました。


慌てて走り出す二人の頭上で、ヤシの葉がさらさらとはためいていました。

走りながら麗華は、先ほどの攻撃を、彼が見てくれればいいな、と思いました。


* * *

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その夜、麗華はベッドの中で隠れてクラクラをしていました。


麗華は寮の4人部屋で生活をしていました。

4人での共同生活というと、毎日が楽しそうと言われることもありましたが、実際はそうでもありませんでした。


皆がそれぞれ勝手気ままに行動するので、麗華には気を遣う部分も多くありました。


しかし、たまには楽しいこともありました。

女子ならではの恋愛の話で、深夜まで語り明かすこともたまにはあったりもするのです。


「志明は誰か好きな人いないの?」

ベッドの真下から声が飛びました。同室で社会学部の陳佳元です。


「うーん、大野君と相葉君と、どっちにするか迷っちゃうなー」

志明はそんなことを言いました。

本気で悩んでいるのが気持ち悪い、と志明以外の3人は笑いました。


「麗華は?」

急に名前を呼ばれ、麗華は戸惑いました。


なんと言っていいか分からず、とりあえず麗華は「キムタク」と呟きました。

「えー、だってもう結構歳だよ?」

同室の友人はつまらなさそうに言いました。芸能人ではなく、学校の人の名前を聞きたかったのでしょう。


「でも麗華が好きなのは木村拓也じゃなくて、ゲームで知り合った日本人の『キムタク』だから。ね、麗華」

「志明!」

麗華は思わず叫ぶような声を上げました。このことは、志明だけにしか言っていなかったのです。


「え、麗華は日本人のことが好きなの?」

志明以外の同室の友人たちは、飛びあがって麗華を冷やかしました。


「でも日本人の男ってスケベで身勝手だって言うじゃない」

同室の一人がそんなことを言いました。

麗華はなぜか自分が悪口を言われたような気がして、悲しい気分になりました。


麗華は、実のところ同室の友人があまり好きではありませんでした。

思ったことをたちどころに口にしてしまう彼女らは、麗華がその一つ一つに傷ついていることなど、気付きもしなかったのです。


キムタクがどんな人なのか、本当は男なのか女なのかすら、麗華にはわかりません。しかも、日本語も満足には使えないので、彼が麗華をどう思っているのかも、よくわかりません。


それでも、麗華はキムタクのことが好きなのでした。

いつも問いかけに答えてくれて、理解できないけれどたくさん色々なことを教えてくれる彼は、少なくとも誠実で真面目で、心優しい人に違いありませんでした。


彼がSMAPのキムタクでなくとも、彼の顔を見たことがなくても、純情な麗華には、それで心ときめかせる理由となったのです。


あれこれ口を出してくる友人たちを差し置き、麗華は眠ることにしました。

彼のことを悪く言う友人の言葉を聞いていたら、なんだか胸が熱くなったからです。


麗華は目を閉じる前に少しだけクラクラを開きました。

少し前にリプレイを共有していましたが、キムタクからの返事はありませんでした。


麗華はふと、日本との地理的な隔たりを思い浮かべ、更に悲しい気分になりました。

目を閉じるともなく、ぼんやりした視界の中、麗華はゆったりと眠りに落ちていくのでした。


* * *

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翌朝、麗華は一人静かに目覚めました。


同室の友達はまだ起きていません。

授業まではまだ時間がありますが、すでに太陽は斜めからの光を部屋の中にぐんぐんと送り込んでいました。


麗華はいままで見ていた夢を思い出そうとしました。

木村拓哉が自分と向かい合いながら、自分にクラクラの攻撃の仕方を優しく教えてくれる夢でした。


彼は中国語を話し、夢の最後に麗華の手を取り、その甲に口づけをしました。


垂れたよだれを拭い、スマホを手に取ると、すぐにクラクラを開きます。

麗華はポンプの資源の回収も忘れ、息を止めたまま、少しだけ進んだらしいチャットのボタンを押しました。


キムタク

麗華さん、すごく攻撃がうまくなりましたね!

さすがです!


麗華は空いた手で慌てて口を抑えました。

そうでないと、友人が寝ているのも忘れて叫びだしてしまいそうでした。


彼からの返事はそれだけでした。

それでも、麗華にとっては唯一、彼と繋がっていられる場に違いありませんでした。


麗華

ありがとうございます!

いつも本当にありがとうございます。


難しいことは言えなかったので、麗華は心から気持ちを込めて、そう返しました。

そしてもう一度、顔も知らない彼のことが好きだと思いました。


スマホの時計は朝の六時半を示していました。

そろそろ学校の準備をする時間です。


麗華は、この小さな小さな幸せが少しでも長く続くように、そして彼にはもっと大きな幸せがありますようにと、太陽に向かって祈るのでした。


第六話>クラクラ小説】第六話 あの日見た二連巨爆の威力を僕達はまだ知らない。

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