※本シリーズは当サイトで掲載しているクラクラ小説のサイドストーリーです。

設定や登場する名称などは実在の人物・団体とは一切関係ありません。



2012年の夏――。

極端に暑かった夏の終わりに、文人と岬は「お付き合い」を始めた。

 

教師を志し、より良い高いレベルで勉強をするために秋田からやってきた文人と、とにかく都会に憧れて、わざわざ徳島から東京の大学を受験した岬。

正反対の生い立ちながらも、二人は大学の歓迎会で初めて会った時から意外と気が合った。

 

二人はそれぞれ大学のそばに部屋を借りていたが、家が近いこともあり、付き合って半年が経つころから、岬は文人の部屋に住みつくようになっていた。

 

アパートの名は「メゾン・ド・カタクラ」。

2階建ての2階部分にある文人の部屋は、それなりの広さと南向きの大きな窓があり、二人で住むには申し分ない造りだった。

 

文人は家にいる時、よくスマホを横にしてゲームをしていた。

「何やってるの?」と岬が覗き込むと、文人は一瞬だけ目線を外して言った。

Clash of Clansっていうゲームだよ。まだ日本語版は出ていないんだけど、欧米では流行ってるみたいでさ。今度日本語対応もするみたいだけど」

 

「ふーん、面白いの? それ」

「面白いよ。村をどんどん強くしていって、相手の村と闘うんだ」

 

「戦いがあるどうぶつの森みたいな感じ?」

岬が尋ねると、文人は少し困ったように眼鏡のずれを直して、「まあ、そんなもんかな」と諦めたような表情で言った。

 

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岬は文人の、知的でクールなところが好きだった。

たまにふと難しいことを言って寂しそうな顔をしたりもしたが、それも含めて岬は文人のことが好きだった。

 

ちょっと私にもやらせてよ、と言って文人のスマホを奪い取ると、岬は適当に画面上のボタンを押してみる。

「ねえ、このモンスターみたいなやつ、どれが一番強いの?」

 

やれやれと笑いながら、文人は「攻撃力ならウィザードかな。でも編成ではジャイアントも重要で……」と岬に分からないことを丁寧に説明した。

 

「じゃあその一番強い奴を使えばいいんでしょ?」

「ダメだよ、ユニットにはそれぞれ特性があるんだから。盾役はジャイアント、攻撃役はウィザードとアーチャーだ」

 

それを聞いて、岬は「めんどくさいー」とスマホを放り出す。

文人は少し困った顔をしながらも、「まあ、その方が岬らしいな」と静かに笑った。

 

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* * *

 

季節は廻り、二度目の夏が過ぎて秋が来た。

岬は相変わらず文人の家に住み、単調でゆるい、当たり前の毎日をそこで過ごした。

 

そのころ、文人は同じアパートに住む同級生を時々部屋に連れてきた。

西谷と名乗る彼は、同じ大学に通う同い年の男で、痩せた体に柔和な笑みを浮かべた優男という印象だった。

 

西谷は、岬と文人の生活に必要以上に立ち入るでもなく、遠慮をするでもなく、ごく自然に二人の同棲生活に足を踏み入れては、文人と二人でクラクラの話をしていた。

 

「大学に行く途中でコイツがクラクラやってるのを見かけて声をかけたんだ。それからはクランっていうチームみたいなものを二人で運営してる」

岬の作った夕飯をつつきながら、西谷はそんなふうに言った。

 

それから西谷は、文人がクラクラ界で注目されているトップランカーであることを自分のことのように自慢すると、「さすが、うちのリーダーだよ」と笑った。

 

文人はそれを黙って聞いていた。

喜ぶ様子も、照れる様子もなく、適度な相槌を打ちながら、ただ淡々と煮物に箸を伸ばしていた。

 

その表情に違和感を覚え、岬はその夜、パソコンに向かい熱心に何かを書いている文人に尋ねた。

「ゲームの上位プレイヤーになっちゃうと、周りの人みんなバカに思えてきちゃうわけ?」

 

文人はそれに答えない。気の抜けた声だけが投げ返されて、カタカタとキーボードを鳴らす音だけが部屋の中に響いた。

「西谷くん誉めてくれたのに、あの態度はないんじゃないの?」

岬がパソコンを覗き込むと、文人は複雑な記号をひたすら画面に並べていた。

 

「プログラミング?」

突然背後に現れた岬に、文人は一瞬の動揺を見せたが、すぐに平静を取り戻すと、

「勉強してるんだ。教師になったら、生徒に教えられるようにならないと」とだけ言った。

 

小学校の免許を取るのに、プログラミングを勉強する必要があるのだろうか。

そんなことを思ったが、文人がそう言う以上、岬にはそれが何であるか問い詰めることが

出来なかった。

 

「何でもいいけど、人と話す時にはちゃんと顔を見なさいよね」

岬はせめてもの抵抗として、静かに不満を漏らすだけだった。

 

* * *

 

その日から、文人の様子は明らかに変わった。

家での口数は減り、表情が消えた。外出は少なくなり、授業も休みがちになった。

家にいるときは大概パソコンをいじるか、クラクラをしていた。

 

岬は文人が自分のことを嫌いになったのかと思い文人に問うたが、彼は「岬のことは嫌いじゃない。いまの生活は楽しい」と力なく言った。

 

岬はその原因がクラクラにあると踏んでいた。

文人はソファに寝転がってクラクラをし、ある程度の時間が経つと突然焦ってパソコンに向かっていた。

 

また、仲が良かった西谷とも会わなくなっていた。

偶然西谷に会った岬がそのことを尋ねると、「実はよく分からない」と逆に文人の現状を聞かれることになってしまった。

 

* * *

 

文人が別れを切り出したのは、文人の様子が変わってから3週間後だった。

「岬、もうダメだ。別れよう」

塞ぎ込んだ文人に慣れ始めていた岬も、この時ばかりは動揺した。

 

「えっ……な、なんで……?」

「理由は……言えない」

文人は静かに唇を噛んでいた。岬はその表情に苦しさを感じつつも、これまでと180度変わるであろう自分の生活を思い、それを拒んだ。

 

「別れない。少なくとも、理由を聞くまで別れない」

 

そのとき文人はなぜか、肩の荷が下りたように表情を緩めた。

重い荷物を置いた後に、安らぎとともに一瞬の痛みが筋肉を襲うような、真逆の感情が混在している複雑な表情だった。

 

「ごめん」

文人は何か考えているようだった。考えながら、ゆっくりと伝えたい言葉を編んでいるようだった。

 

「ごめん、もう別れようなんて言わない。おれは岬が好きだよ」

それだけ言うと、ゆっくりと玄関に向かい、「ちょっと頭冷やしてくるよ」そう言って、3週間ぶりの笑顔を見せた。

 

文人に何があったのだろう。岬には考えても分からないことだらけだった。

苦しんだり笑ったり、不可解な行動が多すぎた。

 

しかし、全てはクラクラに関係しているに違いない。

岬はベッドの上に放り投げられたままの文人のスマホを見つめる。

 

文人が帰ったら、そのすべてを聞こう。

どんな話をされるか分からないけれど、それを受け止めなければならない。

岬はそう思い、夕飯の準備を始めた。

 

しかし文人が部屋に帰ることはなかった。

その日文人は、大学近くの交差点でトラックに轢かれて死んだ。

 

 

To be continued...


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