※本シリーズは当サイトで掲載しているクラクラ小説のサイドストーリーです。

設定や登場する名称などは実在の人物・団体とは一切関係ありません。



アカツキ

yuzy というプレイヤーを知りませんか?

 

岬はすっかり暗くなった夜の住宅街を、ぽつぽつ歩いた。

カバン一杯に詰まった何十冊もの連絡帳や日記帳は、重しとなって岬の肩に食い込む。

 

小学校教師には、特になりたくてなったわけではなかった。

ただ、昔の恋人が抱き、叶えられなかった夢の続きを自分が代わって叶えようとしただけだった。

 

文人が死んで、3年が経とうとしていた。

あのときも同じ、空気の澄んだ秋の夜だった。

 

彼が部屋を出て行ったあの日と同じく、季節は巡るし夜になれば朝が来る。

ただ一つだけ、彼がいなくなったこと。それが岬の生活を大きく変えた。

 

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警察からは、単純な事故だと聞いた。大通りの交差点に突然飛び出した文人は、そのまま走ってきたトラックに直撃し、二度と目を開くことはなかったという。

 

文人がトラックに撥ねられたと聞いた次の朝、岬は荷物をまとめて彼の部屋を出た。

 

一人になって初めて、岬は自分の生活が文人を中心として廻っていたことに気付いた。

自分のために作る料理は味気なく、洗濯も一週間に一度しか洗わなくなった。

 

文人との、緩くとも幸せな生活から突然追い出された岬は、何を目指していきるべきかも分からず、放り出された赤子のように、呆然として過ごした。

 

しかし、それでも岬は生きていかなければならなかった。

暗い部屋を手探りで脱出するように、岬は文人が志した教員を目指し、今年の春、新米教員として公立小学校に配属されたのだった。

 

やっとたどり着いた坂の上のアパートの2回に、岬は忍び足でそろそろと昇っていく。

後ろめたいものがあるわけでもないのに、文人の家を出たあの日から、岬は常に目立たないようこっそりと暮らしてきた。

 

部屋に入ると重いカバンを放り出し、ポケットから2台のスマホを取り出す。

最新式の一台は岬のものだ。それはそのままテーブルに置く。

 

もう一台の旧式のスマホの電源を入れて、岬はベッドに倒れ込んだ。

聞きなれたアプリ起動音が部屋に響く。Clash of Clans

 

死ぬ直前まで文人がしていたゲーム。

そして、文人の人格が変わる原因となったかもしれないゲームだ。

 

文人の家を出る時、岬は自分の荷物に混ざったふりをして、文人のスマホを持ち帰った。

スマホに入っているクラクラのアプリが、彼の生きた証であるような気がしたのだ。

 

通知欄を確認する。新しいクランへの参加が承認されていた。

チャットが活発そうなクランで、他愛もない会話がひたすらに続いている。

 

岬は画面を通じて覚えた空気感に、文人がいたころの生活を重ねると、その記憶を振り切るように素早く親指を滑らせて文字を打つ。

 

アカツキ

yuzyというプレイヤーを知りませんか?

 

未来

yuzy? だれそれ?

 

angela

このクランの人ですか?

てか入って来たばっかなのに意味わかんないんだけどw

 

アカツキ

何でもいいんです。対戦したことがあるとか、噂を聞いたとか……。

心当たりがあれば教えていただけないですか?

 

武者小路黒桜

そんなこと言ってもなあ……。他のクランの人なんて知らないよ、普通。

 

ジョディ

荒らしかな? 何か気持ち悪いんでキックしますわwww

 

ややあって、メール通知に「1」が表示される。

ボタンを押すと、並んでいたのは見慣れた文字だった。

 

「クランから外します」

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* * *

 

3年前の秋、文人は交通事故で死んだ。

彼は血まみれになって疑いようもなく死んだのであり、警察も彼の家族も岬も、交通事故による彼の死を疑いはしなかった。

 

文人の部屋から持ち出したスマホを、岬は長い間開くことができなかった。

 

死んで時の止まった文人とは対称に、岬は文人を亡くしても生きていかなければならない。

文人が叶えられなかった教員になるという夢を代わりに追うことでなんとか生きる気力を見出す中、岬にとって文人のスマホは過去にしがみつくための口実となりかねなかった。

 

だから岬は大学を卒業し教員となるまでの2年半、文人のスマホに触ることはなかった。

 

しかし、きっかけは至極単純なものだった。

社会人となり、東京での教員研修に出かけた際に乗った地下鉄には、一面にクラクラの広告が貼りつけられていた。

 

満員電車の濁った空気の中、クラクラで埋め尽くされた社内はまさに異空間であり、そんなファンタジーの雰囲気の中でスーツを着たサラリーマンが笑顔もなく吊革に揺られているのが可笑しくてたまらなかった。

岬はふと、文人のことを思い出した。

 

忘れたわけではなかったが、記憶の奥底に沈めていた文人の記憶が、ふわりと浮きあがった。

 

「もう、大丈夫だよね……?」

研修が終わって帰宅すると、岬は真っ先に旧式のスマホを取出し、十分な充電もできないままにその電源を点けた。

 

アプリが開いて真っ先に起動するのはClash of Clans

いくらかデザインが変わったように見えるロード画面だが、変わらず懐かしい起動音で、岬はその瞬間に少しだけ泣いた。

 

文人の村は荒れ果てていた。

全ての施設が破壊され、貯蔵施設があった場所には無数の墓石が散らばっている。

 

ログインしたことでそれが立て直されていくのを見ると、文人自身が再生して生き返るような、そんな幻想さえも抱いた。

 

クランを追い出された文人のチャット欄には何も表示されていなかった。

メール欄に溜まったメールは、当然ながら最新のものでも2年以上前に送られている。

 

最後のメールの差出人はyuzy ――文人と同じアパートに住んでいた、あの西谷雄二だった。

 

「クランから外します」


無機質なメール本文にはそう書かれている。

あの西谷が、文人をクランから外したことに岬は驚いた。

二人の間に何があったのか、岬には知る由もなかった。

 

そのメールの下に、岬はふと目をやる。

差出人はclairvoyance。読み方も意味も分からない言葉に、岬は不気味さを覚えた。

そのメールに目を通す。

 

111919時。全部片づけて例の交差点で。

クラクラの未来に決着をつけよう。

 

1019日、文人が死んだあの日だ。そして19時の交差点。

そしてクラクラの未来……。

 

文人はあの日、誰かに会っていたのか。

そしてその直後に文人は交通事故で死んだ。

 

あれは本当に事故だったのだろうか。

 

受け入れかけていた彼の死に、疑念が再び浮かぶ。

もしあれが事故ではなく、誰かの意図したものだったら?

そう考えると、岬は動かずにはいられなかった。

 

clairvoyance

異様な英語名の持ち主が、何か関係しているに違いない。

とはいえ、広いネットゲームの世界でそのプレイヤーを探し当てるのが困難であることは明白だった。

 

yuzyなら――西谷なら、何か知っているかもしれない。少なくとも、助けてくれるかもしれない。岬はそう思った。

 

とはいえ、卒業後の西谷の居場所も連絡先も、岬は知らない。

地道に探し出すしかなかった。

 

「西谷君……。何か知っているの? いまどこにいるの?」

岬は、文人のアカウントで手当たり次第にクランに加入して、必死に助けを求める。

 

アカツキ

yuzyというプレイヤーを知りませんか?

 


To be continued...



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