※本シリーズは当サイトで掲載しているクラクラ小説のサイドストーリーです。

設定や登場する名称などは実在の人物・団体とは一切関係ありません。


4c95fba1c01b9f02009d4c42a504ed4a_s

黒猫は民家の低い塀のうえに寝転んでいた。

気だるそうに辺りを見渡して、自分を見上げている生き物を見つけると、ふっと鼻で笑うように太陽に目をやった。

 

「なあ、ネコさんよ」

彼は黒猫を見上げて問いかけた。

「そうやって毎日寝て起きて食べてまた寝て、お前さんはいつか死ぬということを考えたりするのかい? どうせいつか死ぬというのに、そうまでして生きる理由はなんだい?」

 

猫は、面倒くさそうにもう一度彼を視線に捉えると、「にゃー」とだけ返した。

「そう。おれたちはみんな同じエスカレーターの上にいる。エスカレーターだから早い遅いはあっても目的地は変わらない。

そうやっておれたちはぐるぐる、生と死を回っていくんだ」

 

猫は再び嘲笑うように頭を垂れ、たまに吹くそよ風に体を預ける。

「今日は暑いな」彼はかぶっていた麦わら帽子を地面に置くと、続いて熱気を吸いこんだスモックもするりと脱ぐ。

 

スモックには名前が書いてあった。

まつたけようちえん ばらぐみ みかさ はじめ

 

彼は3歳児だった。少なくとも、肉体の年齢は3歳だった。

だからピーマンは苦いし、夜も8時には眠くなる。注射は痛いし、蝶々結びもうまくできない。

 

しかし彼は、自分が自分ではないことは知っていた。

暗い世界を長いこと彷徨って、気が付いたら過去の記憶はそのままで、半年ほど前に「三笠一(ハジメ)」の体にちょうどよく収まっていた。

 

「おーい、ハジメ。そろそろ始めるぞ。戻ってこんか―」

背後からしゃがれた声が飛ぶ。振り返ると縁側に人影があった。

 

祖父の三笠四六(ヨンロウ)だった。

綺麗に白くなったひげが、日差しの中で眩しく反射する。

 

「ああ、わかった。すぐいく」

そう返すと、踵を返す前に、もう一度だけ猫に問いかけた。

「おれたちは何のために生きて、どこに行くのだろう」

猫は答えなかった。

 

* * *

 

「こんにちは、皆の衆。孤高のクラクラ爺さんヨンロウと――」

「孫のハジメです、よろしくね!」

 

数分後、縁側からは二人の声が響いていた。

二人の前には、木造住宅の縁側に似つかわしくないディスプレイと、収録用のマイクがあった。

 

「今日は改めてゴレホグのリプレイを解説するぞい」

「この間の中国クラン、すごく強かったんだよね、おじいちゃん」

「そうじゃそうじゃ、特に相手の上位はこちらのth10からいくつも全壊をとっていったんじゃ」

 

二人はyoutubeに実況動画を投稿している実況者だった。プレイするゲームはClash of Clans

「ミカサのジジマゴ実況」という題目の如く、祖父と孫が二人で実況をするというスタイルが主にライト層の人気を集めていた。

 

主に祖父の四六が解説をし、孫のハジメが補足をするという分担になっている。

3歳児にしては理論的な話をするハジメに対し、ネット上では実は幼く見える小学生ではないか、というような指摘が入ることもあったが、ファン層の中心を占める可愛いもの好きの女性プレイヤーにとってはそんなことはどうでもいいことだった。

 

「おじいちゃん、ここのジャンプのタイミングが絶妙だよね! 」

「ああ、ゴーレムが真ん中の区画に確実に進めるように打ったジャンプが非常に効果的じゃ。このゴーレムが後々ターゲットをとってくれるおかげでホグライダーが生きてくるんじゃな」

「へー、勉強になるなあ!」

「ハジメも練習をしなければいけないぞ」

「うん、ボクがんばるよ!」

 

二人の動画収録は15分ほど続き、3本ほどのリプレイを解説し終わったところで終了した。

 

* * *

 

65af1b20ba186ef1c2dcf8358e4e1318_s


「本当にぞっとするわい。収録中と収録後のお前の変わりようにはな」

スマートフォンとディスプレイの接続を解除しながら、四六はうわ言のように呟く。

 

「『おじいちゃん』なんて可愛い声を出していたと思って、マイクを切った途端に目つきが変わっておる。まるで別人みたいにな」

「生憎、別人なんだよ」

 

彼が小さくため息を吐くのを見て、四六も言葉を続けるのをやめた。

四六も、彼が三笠ハジメでないことは知っていた。

 

「ハジメよ。今回の動画、これでよかったのか?」

片づけを終えた四六は、ゆっくりと立ち上がると、呟くように尋ねた。

 

「ああ、問題ない。ばっちりだよ。これでどんどん動画が有名になってくれればな」

縁側に腰を下ろしたハジメが呟く。猫は相変わらず塀の上で横になっていた。

 

「それならいいが……。しかしお前はもう少し控えめに喋った方がいい。

ネット上でもお前が年齢とかけ離れた話し方をしていることは疑惑になっておる。おかげでワシが孫を使って再生数を稼いでいるとも思われておる」

 

四六が喋り終わる前に、彼は愉快そうに笑った。遠くから見れば、幼稚園での出来事を楽しく話す、おじいさんと孫にしか見えない。

しかし孫の目つきは鋭く光っていた。

 

「いいじゃねえか、その方が注目されるだろ? それに、普通にやっていたら意味がない」

四六は表情を崩さなかった。しばらくして、やれやれというように小さく首を振る。

 

「まあいい、お前の目的は分かっておるし、ワシも協力をするよ。それが本当のハジメを取り戻すためだというのならな。その代わり、『ハジメ』の体に危険が及ぶような真似はするんじゃないぞ」

どこか遠くの方を見て、四六は言った。

 

ハジメはこの家に、祖父と祖母の3人で暮らしていた。

両親は健在だが、子育てに興味がなく常に海外を飛び回る毎日を過ごしているようだった。

 

幼いハジメは祖父母の家に預けられ、普通の孫以上の愛情を祖父母から注がれて育っていた。

だから、そのハジメが危険な目に遭うことは、この祖父母にとってはどんな苦痛にも代えがたいものであると、彼も知っていた。

 

「本当のハジメは絶対に返すよ。それに」

「それに岬は必ず守る、じゃろ? 森文人よ」

 

森文人。それが彼の本当の名前だった。

 

* * *

 

5a116bad77ea680f25303e27e3445376_s

彼は3年前の秋に、トラックに撥ねられて死んだ。その後、どれくらいの月日を暗い世界で彷徨ったのかは、彼自身も分からない。

 

ただ一つの心残りが、彼をこの世に繋ぎ留めたのだった。

気づいたときには、彼はハジメの中にいて、それから半年が経った。

 

最初はうまく動かせなかった体も思い通りに動くようになってきて、ところ構わず眠くなる幼児特有の生理現象もある程度は制御できるようになった。

 

ハジメの体に入り込んだ当初は、自分が自分でないような居心地の悪さを感じていたのみだった。

しかし祖父の持つある物を見た瞬間、彼はすべてを思い出した。

 

それがClash of Clansだった。

縁側でスマホを操作する祖父の画面を見て、彼は自分の正体も、自分の置かれた状況も、一瞬にして思い出した。

 

そしてその瞬間、彼は叫んだ。

「爺さん、バルキリ―じゃなくて先にババキンだ!」

 

「え……?」

反射的にバーバリアンキングを出した刹那、ばねトラップがコミカルな音と共に表示されては消えた。

 

「ぼやっとするな、次はバルキリ―だ、急げ!」

四六は自分に指示を出すのが誰なのかも分からないままにボタンを押した。すべてのユニットを出し尽くして振り返ると、最近歌を歌えるようになったばかりの孫がいた。

 

全てを思い出した文人は、自分の把握している全てを四六に話した。

自分が大学生であったこと、クラクラのトッププレイヤーであったこと、トラックに撥ねられて死んだこと、そして気づいたらハジメの体にいたこと。

 

彼は、四六に自分が三笠ハジメではないことを打ち明けた。

 

当然、最初は四六も本気にしなかった。

しかしあまりに難解な物言いで執拗に理解を求めるハジメに対し、四六も疑念を抱き、最終的には信じざるを得なかった。

何より、クラン対戦中の的確な指示は、3歳児には到底不可能な芸当だった。

 

四六は、目の前の現実を受け入れるしかなかった。

 

* * *

 

ふとすると、台所からはカレーの匂いが漂っていた。

それに混じって響く生活音は、何も知らない祖母のものだ。

 

四六は、知らない間にどこかへ行ってしまった。

ハジメは縁側に仰向けに寝転がって、生前の、森文人だったころの記憶を思い起こす。

 

岬との、緩くとも幸せな毎日。自分の愛したクラクラの世界と、相棒だった西谷雄二。

そして、自分の罪と自分を死に追いやった、あるプレイヤー。

 

clairvoyance……どこにいる」

ハジメは一人、眉間に皺を寄せた。奇妙に歪んだ天井の木目に、目が回りそうになる。

 

clairvoyance。奴を見つけなければ自分の愛したクラクラは死ぬ。

そして、場合によっては岬にも危険が及ぶかもしれない。

 

しばらく目を閉じていると、「おじいさん、ハジメちゃん、お昼御飯よ―」と弾む祖母の声が響いた。

3歳児の体に合っているのか、祖母の作る甘口カレーは何よりも美味しい。

 

急に空腹を覚えた彼は、手を使って飛び起きると、日の当たる縁側を後にした。

釣られるように黒猫も、塀から飛び降りると、3人の家の庭を横切り、暗い路地裏へと隠れていった。


To be continued...



外伝・第二話>


外伝・第四話>

本編はこちら>