※本シリーズは当サイトで掲載しているクラクラ小説のサイドストーリーです。

設定や登場する名称などは実在の人物・団体とは一切関係ありません。

<あらすじ>
かつてクラクラのトッププレイヤーだった大学生・森文人はある日、交通事故で死んだ。
文人の恋人・岬はその3年後、事故の直前に文人が謎のプレイヤー「
clairvoyance」に呼び出されていたことを知る。
文人の死の真相を知るために情報を集めていた岬は、加入したシーハーツ観測部でyuzyの居場所を知る、エレナというリーダーに出会う。

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西谷雄二はホテルに到着すると、真っ先に狭いベッドの上にその身を投げ出した。

丸二日、横になって眠るということができていなかった。

 

窓の外に広がる夜のミルウォーキー市街地も魅力的だったが、そんなことはどうでもよかった。

いまはとにかく眠りたい。それに、これから二か月間もこの町で過ごすことになるのだ。

街の様子は後からいくらでも見られる。

 

一つだけ思い出して、ポケットからスマホを取り出す。

寝転がったままベッド脇のテーブルから黄ばんだ紙をつまみ上げると、書いてあるwifiのパスワードを素早く入力する。

 

ホテルの汚い外見に似合わず、ネット環境はしっかりしているようだ。

さすがはアメリカ、と西谷は小さく口笛を吹く。

 

Clash of Clansのアプリを立ち上げる。

海外でも問題なく起動できることを確認すると、西谷は安堵の溜め息を漏らした。

 

二日間全くログインできていないため、資源もチャットも溜まりに溜まっている。

慣れた手つきで資源を回収すると、メンバーに無事ホテルに到着したことを報告する。

 

バトゥ

リーダー、無事に到着したようでよかったです。

体調に気を付けて、海外研修頑張ってくださいね。

 

日本時間では明け方にも拘らず、サブリーダーはそんな風に声をかけた。

 

これなら、もし何かあってログインできなくなっても大丈夫だな。

西谷はスマホを枕元に置くと、電気を消すのも忘れて眠りに落ちた。

 

* * *

 

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エレナ

私はyuzyの居場所を知っています。でもそれを教えるのは、あなたが私の質問に答えてからです。

あなたは誰ですか? そして、なぜアカツキのアカウントを持っているのですか?

 

問い詰めるようなエレナの口調に岬は一瞬たじろいだ。

誰もいない夜の教員用トイレが、先ほどよりさらに静かになった気がした。

 

岬はちらりと腕時計に目をやる。職員室を離れて20分が経過していた。

これ以上長引けば、職員室に残った教員が不審に思うかもしれない。

 

アカツキ

すみません、私は急いでいるんです。

 

エレナ

あなたは本当に元のアカツキ本人ではないのですか?

なぜyuzyを探すのですか?

 

エレナは岬の言葉を無視して尋ねた。

その一方的な物言いを不快に思いながらも、焦る岬は素早く文字を並べていく。

 

アカツキ

私はこのアカツキの恋人でした。アカツキ本人ではありません。

彼は、3年前に事故に遭いました。しかしその事故には不審な点があって、その真相を探るため、アカツキと交友のあったyuzyを探しています。

 

チャットを送信してから、岬は少し喋りすぎたかと後悔をした。

もっと適当な理由を探せば答えられたかもしれない。

しかし焦る岬には、yuzyに繋がる手掛かりが見つかるかもしれないというこの時に、冷静に嘘をつく余裕はなかった。

 

エレナ

アカツキは死んだのですか。

 

チャット上に、ふわりと文字が浮かび上がる。

直視したくない現実に、岬はかすかな吐き気を催した。

 

アカツキ

彼は生きています。

 

岬はそう打ち込むと、迷わずチャットを送信した。

 

文人は間違いなく死んだ。岬は、それを認められないわけではなかった。

文人が生きていると言ったのは岬の決意であった。

 

文人の志を継ぎ、彼に成し遂げられないことがあったなら、自分が文人の代わりに成し遂げる。

岬の言葉には、彼女自身の決意が込められていた。

 

エレナは少し考えているようだった。

岬がこれ以上待てないとスマホをしまおうとしたときに、エレナはやっとチャットを動かした。

 

エレナ

メゾン・ド・ドッグス。そこにyuzyはいます。

 

湿った教員用トイレの空気が、一瞬で晴れ渡るように岬は感じた。

エレナに短く礼を言うと、岬は迷わずシーハーツ観測部を脱退した。

 

岬は早足で職員室に向かう。すでに職員室の電気は消えていた。

他の教員に押し付けられた、幼稚園へのファックスもまだ終わっていない。

 

電気を点け、机に上に置かれたプリントに目をやる。

「校庭利用についてのご注意 まつたけ幼稚園 御中」

 

こんなもの、どうでもいい。

いまは西谷の――yuzyの居場所が分かった、このことだけが重要だ。

 

岬は溜まった仕事の一切を机の引き出しに突っ込んで、誰もいない職員室を飛び出した。

 

* * *

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部屋に差し込む強烈な光で、西谷は重い瞼を開けた。

 

気だるさと軽い頭痛の中で時計を見ると、時間は正午を回ったところだった。

疲れのせいか時差ボケのせいなのか、体が動くことを拒否している。

 

移動日の次の日の研修を夕方の懇親会のみにしたのは、お堅い会社の唯一の心遣いということか。

もし午前中からスケジュールが組まれていたらと思うと、恐ろしくなる。

 

窓から差し込んでいる強烈な日光のせいで、二度寝をするにもできず、西谷はいつもの習慣でスマホに手を伸ばした。

朝起きて、会社に出かける前にクラクラを見るのが西谷の日課だった。

 

チャットはすでに100件を超えていた。

ここのクラメンのことだから、きっと自分が寝ている間に自分に対するメッセージを書き込んだ人も多かったのだろう、と西谷は想像する。

それに対して返信ができなかったことを、西谷は申し訳なく思った。

 

yuzy

皆さん、ウィスコンシン州はちょうど正午です。

ログインが不規則になるかもしれませんが、サブリーダー中心に頑張ってくださいね。

 

メゾン・ド・ドッグスを創立して3年。

西谷はクラン運営には自分のファーミングや対戦以上に気を遣ってきた。

 

日本を代表するトップランカーが在籍していた3年前とは違い、いまのメゾン・ド・ドッグスは派手なクランではない。

それでも40人を超える規模を維持できているのは、細やかなマネジメントの賜物であると、西谷は自負していた。

 

創立してからの3年間のうち、初めの数か月のリーダーは西谷ではなかったが。

 

ゴールド・ロジャー

リーダー、今日はお休みなんですか?

 

yuzy

今日は夕方に取引先との懇親会があるだけなんです。

 

キムタク

お土産話、楽しみにしていますね。

 

いまメゾン・ド・ドッグスにいるメンバーは、3年前の創立時のことを知らない。

西谷にとって、その歴史を知るメンバーがいないことは、都合のよいことであった。

 

佐藤

そういえば、またエメラルドの箱が出ましたよ。

 

ブルースカイ

私も、さっき回収しました(*^^*

 

メイプル

ここ半年くらい、エメラルドがよく出ますね♪

嬉しいからいいケド♡

 

確かに西谷も、最近半年間ほどはエメラルドの出現率が上がっているように感じていた。

ユーザーのモチベーションを保ち、繋ぎとめるために運営がある程度エメラルドの出現率を操作しているのだろう。

 

しかしそれでも、ここ半年間のエメラルドの出現量は西谷から見て異常だった。

西谷はあまりエメラルドを使う習慣がなかったが、それでも無課金にも拘らずエメラルドは6,000を超えている。

 

さらに不気味なのは、それが他のクランのプレイヤーの中で話題となっていないことだった。

ただの偶然なのか、それとも一定の条件でエメラルドが出現しやすくなっているのか。

 

エメラルドを出現しやすくする方法をブログで記事にしていたブロガーがいたことを、西谷は思い出した。

 

名前は何といったか。

ポムポムプリン、ではなかった気がする。思い出せずに西谷は考えるのをやめた。

 

チャットに視線を落とす。

あなたのクランに参加させてください、という定型文が目に入った。

定型文の申請は基本的に拒否することにしているため、「拒否」のボタンに指を置こうとした瞬間、見覚えのあるユーザー名に西谷は親指を止めた。

 

アカツキ

あなたのクランに参加させてください!

承認 拒否

 

瞬間、心臓が一拍大きく跳ね上がるのを感じた。

同名プレイヤーに違いない。なぜならあいつはもう……。

 

躊躇いつつ、西谷はプレイヤープロフィールを確認する。

タウンホールレベルは9。配置にもどこか見覚えがあった。

かつて二人でああでもない、こうでもないと議論を重ねて作った配置だ。

 

唾を飲み、ゆっくりと承認ボタンに指を置く。

 

アカツキ

yuzyがクランへの参加を承認しました

 

異国の地に滞在していることを忘れ、西谷はゲーム画面を見つめた。

思い出したくない記憶が浮かび上がるとともに、自分自身の居場所が失われていくような、そんな予感を覚えた。


To be continued...



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