※本シリーズは当サイトで掲載しているクラクラ小説のサイドストーリーです。設定や登場する名称などは実在の人物・団体とは一切関係ありません。

<あらすじ>
かつてクラクラのトッププレイヤーだった大学生・森文人はある日、交通事故で死んだ。
文人の恋人・岬はその3年後、事故の直前に文人が謎のプレイヤー「
clairvoyance」に呼び出されていたことを知る。

文人の元・相棒だった西谷(yuzy)の居場所を見つけた岬は、クラン「メゾン・ド・ドッグス」に加入。アメリカ・ウィスコンシンに出張中の西谷から真相を聞き出そうとするが……。


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ミルウォーキーのホテルの自室で、西谷は大きく息をついた。

 

冷蔵庫に入っていた水が不味い。

しかしそれは水そのものの味というよりは、つい先刻クランに入ってきた「厄介者」が原因であるに違いなかった。

 

口の中を滑る苦い水を飲みこむと、西谷は再びスマホに向かい合う。

会社の懇親会まであと4時間程度。残念なことに、その「厄介者」の話を聞くには時間は十分にある。

 

yuzy

まさか、アカツキの正体が岬ちゃんだったとはね……。

 

入ってきた厄介者――アカツキは、クランに加入するなり西谷に話しかけた。

他のクラメンがいることも気にせず、彼女は自分の正体が岬であることを伝え、これまでの経緯を伝えた。

 

アカツキの持ち主である文人の死には不審な点があること、彼女がアカツキを操作して、西谷を半年ほど探していたこと、そしてエレナというリーダーに教えられ、「メゾン・ド・ドッグス」に来たこと。

 

西谷は事態を把握するより先に、他のクラメンを気に留めない、彼女の直線的な物言いにかすかな不快感を覚えたが、文人の彼女の岬は不器用で裏表のない娘だったなと思い出して、少しだけ感傷的な気分になった。

 

アカツキ

私は文人の死の真相を知りたいの。彼は死ぬ前、明らかに様子が変だった。

西谷君になんかわかることがあれば、教えてほしい。

 

西谷と岬に関わりがあったのは、大学時代のほんの数週間のことだ。

西谷がアパートの隣人だった文人にクラン設立を持ち掛け、二人でクランを作ってから文人がクランを脱退するまで1か月弱。

 

そのわずかな時間の繋がりを頼りに、半年もの時間をかけて岬が自分を探しに来たと考えると、その期待を自分が背負うには大きすぎるような気がした。

 

キムタク

リーダー、あの……。

この人、どうしましょうか。

 

メンバーの言葉に、西谷ははっとして画面を見つめた。

クランチャットはアカツキの必死の言葉で埋め尽くされている。

 

クラメンたちは、文字通り厄介な新加入者をどう扱うべきか、測りかねているのだろう。

確かにクラン運営にとっては、アカツキの乱入は邪魔でしかない。

しかし、彼女をこのままキックしてよいものか……。

 

ゴールド・ロジャー

その文人という人は、昔このクランにいた人なんですね。

 

yuzy

ええ……僕と彼、アカツキの二人でつくったのがこのクランです。

もう私以外に、当時のメンバーは残っていませんが。

 

そう、すでに当時を知るメンバーはこのクランにはいない。

このまま自分が黙ってさえいれば、このクランの過去にも、文人の死にも向かい合わずに済む。

 

だが、それでいいのか?

 

ネル

リーダー、よければその話、私たちにも聞かせてくれませんか。

 

チャットに白い文字が浮き上がる。数か月前にクランに加入したメンバーだった。

その言葉は西谷の退路をすっぱりと断ち切った。

 

ネル

私、このクランのこと、しっかり知りたいんです。

 

ゴールド・ロジャー

ネルさんに賛成です。我々には岬さんと、リーダーの過去には関係がありません。

しかし、自分たちのクランの成り立ちくらいは、知りたいのです。

 

アカツキ

西谷君、お願い。知っていることがあったら教えて。

いまさら何も変わらないとしても、彼の死の本当の理由を突き止めたいの。

 

西谷は迷った。

もし自分と文人の過去を話せば、思い出したくない記憶まで思い出さなければならない。

そして3年前、一歩踏み出せなかった自分と向き合わなければならない。

 

西谷は、唐突に運命という言葉を思い出した。

クランが落ち着いて軌道に乗ってきたこの時期に、岬がやってきた。

そして再びあの事件を語るよう迫られている。

 

話す時が来たのか。あの事件の始終を。

 

yuzy

わかりました。岬ちゃん、皆さん。

ちょっと長い話になりますが、このクランと、アカツキの死について僕の知るところすべてをお話しします。

 

* * *

 

2


僕と文人が知り合ったのは2013年の10月。

同じアパートに住んでいてクラクラをしている彼を見つけ、一緒にクランを設立しないかと声をかけました。

 

そのアパートの名が「メゾン・ド・ドッグス」。

横浜市内の住宅街にある、築20年の小さなアパートです。

 

このころすでに文人は天才プレイヤーとして名を馳せていて、メゾン・ド・ドッグスもそんな文人を擁するクランとして、かなり有名なクランになりました。

 

リーダーの文人は目立った運営手腕は持ち合わせていませんでしたが、彼は圧倒的なトロフィー数で世界ランキングでも上位に食い込んでいました。

それに憧れて加入した数十人のメンバーは、皆が実力も意欲も持ち合わせた、優秀なプレイヤーでした。

 

しかしクランを結成してすぐ、クランに不思議な現象が起こりました。

このクランでだけ、エメラルドが大量に出現するようになったのです。

 

木や草むらを取り除いて得られるエメラルドが増えた以外に、当時まだ実装されていなかったエメラルドの箱も出現していました。

 

エメラルドが出る確率と量は、運営側の操作で時期により増減があるといわれています。

しかし、このクランのメンバーだけは、常に大量のエメラルドを獲得することができていました。

 

メンバーは喜んで、「トッププレイヤーである文人への運営からのプレゼント」ではないかと言っていました。

しかしその現象は明らかに不自然で、疑わざるを得ないものでした。

 

それとほぼ同時に、文人は運営を僕に任せきりになりました。

生活が忙しいとのことですが、ログインとトロフィー上げは普通にしていました。

恐らく、そこで彼の身に何かが起こったのでしょう。

 

そして文人は時々外部のクランに出かけるようになりました。

気になってそのクランを見てみると、リーダーが一人いるだけで一見するとただの放置クランでした。

 

不審に思った僕は、大学でクラクラをしている彼に背後から近づきました。

すると、彼の画面には、明らかに一般ユーザーの仕様ではないボタンやウィンドウがありました。

 

僕が問い詰めると、彼は自分がエメラルドの出現を操作していると認めました。

彼がどうやってそんなことを成し得たのかはわかりません。

しかし、彼はそのシステムを使って何かの実験をしていたようです。

 

彼は「エメラルドウィルスがクラクラを変える」と言っていました。

ウィルスというからには何か悪影響を及ぼすものなのかもしれません。しかし、僕のアカウントにも端末にも、今まで不具合が起こったことはありませんでした。

 

そのころ、クランを不在にしがちな文人に代わり、僕がリーダーの役職に就くことも多くなっていました。

僕はこの事実が世間に広まることを恐れ、文人、つまりアカツキをキックしました。

それがクラメンを守ることになると思ったからです。

 

しかし文人をキックすると、クラメンは次々にクランを出ていきました。

彼らは、トッププレイヤーである文人が在籍するメゾン・ド・ドッグスに魅力を感じていただけのでしょう。

 

ともかく、僕は文人をクランから追放しました。

そもそも一介のプレイヤーにエメラルドを操作できるのか、なぜそれが文人だったのか。

それはわかりません。

 

しかし彼がそのようなことをしていて、そのように言っていた。

それが事実であり、これが、このクランの創成物語です。

 

* * *


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チャットに並べられた自分の文字を見て、西谷はため息をついた。

今まで誰にも言えなかった真実を話すことができた安堵が、少しだけ、顔をのぞかせた。

 

yuzy

クラメンのみんなには言う必要のないことだと、今まで黙ってきました。

そして岬ちゃんに話したら何か無茶をしてしまうのではないかと思い、伝えることはありませんでした。

 

アカツキ

いえ、私は大丈夫。話してくれてありがとう。

 

岬の一言が、西谷の緊張を和らげる。

そう、不器用で直線的で、その代わりに素直に自分の気持ちを伝えられる。

それが岬だったと西谷は思い出す。

 

アカツキ

それで……彼が出先のクランで会っていたプレイヤーというのは……?

 

yuzy

Clairvoyance

岬ちゃんが言っていた、文人のアカウントにメールを送っていたプレイヤーだよ。

 

アカツキ

やっぱり……。

 

西谷は、文人に関わる疑念の一つ一つが、岬と再会したことでパズルのように一枚の絵になっていくように感じた。

 

しかしそのピースには大きく抜け落ちている部分がある。

なぜ、何のために文人がそのようなことをしていたか、ということだ。

 

yuzy

しかし全貌は僕たちにはわからない。

彼が何のためにエメラルドを操作し、そしてなぜ死んだのか。

 

アカツキ

そう……。やっぱり最後はClairvoyanceに会うしかないのね。

文人がよく外出していたクランの名前は覚えていないの?

 

yuzy

クランの名前は、「聖王国シーハーツ」

忘れもしない、何度も検索したからね。

 

岬からの返信がしばらく止まった。

他のクラメンは、二人の知る複雑な過去に口をはさむことすらできないでいるようだ。

 

しばらくして、西谷の興奮もお構いなく、チャットが無意識に動く。

 

アカツキ

そのクラン名、見覚えがあると思ったら、私に西谷君の居場所を教えてくれたエレナという人がいたクランの名前に似ているの。

 

yuzy

それって、岬ちゃんがこのクランを探しているときに情報をくれたっていう?

 

アカツキ

そう。そのクランは「シーハーツ観測部」といった……。

でも、そのクランにエレナというプレイヤーはいなかった。

 

Clairvoyanceのいた聖王国シーハーツと、エレナのいたシーハーツ観測部。

名前の共通する二つのクランに、何か関係があるのか。

エレナが西谷の居場所を教えたのは、単なる親切心なのか。なぜ、リーダーだったエレナがクランに存在しなくなっているのか。

 

新たな疑問が、ふつふつと湧く。

 

アカツキ

でも、これで一歩前に進めた。わからないことばかりだけど、とにかくClairvoyanceを探すしかないんだね。

それに、クランからいなくなったエレナという人も。

 

一歩進めた、か。

西谷はうつ伏せの態勢から、仰向けに転じてホテルの天井を仰ぐ。

これまで一人で抱えてきた過去を、伝えるべき人に伝えられた。

 

そう思うと、自分を探し当てた岬にも、真実を伝える後押しをしたクラメンにも、感謝すべきだと思った。

 

yuzy

岬ちゃん、僕はいま仕事の関係でアメリカにいる。

できることは少ないかもしれないが、できる限り、協力するよ。

文人の死の、真実を突き止めるんだ。

 

快適だった室内はいつの間にか熱気で蒸されていた。

西谷は立ち上がると、窓から見えるミルウォーキーの市街を眺めた。

 

遠くにギラギラと煌く自動車のボンネットが、しかめた西谷の目をじわりと焼いた。



To be continued...



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