※本記事はクラクラ小説の本編です。
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身長179センチ。体重80キロ。
そんな彼女のことを、人は「ゴーレム」と呼んだ。

幼い頃からよく寝てよく遊び、健康的だった彼女は、無邪気に笑い、すくすくと育ち、そして無邪気によく食べた。

幼稚園のクラスでは、クラスで一番背が高く、いつも同級生を見下ろしていた。
「大きくなったら何になるの?」と先生に訊かれ、彼女は迷うことなく「キリンさん」と答えた。

しかし25年後、彼女がなったのはキリンさんなどではなかった。
彼女はゾウさんにしかなれなかった。

彼女が小学生の時の話をしよう。
それまで他の女の子より身体が大きいことに気付いていたものの、それを特段ネガティブに考えることはなかった。

ドッヂボールで男子に思い切りボールをぶつけられてもそれほど痛くはなかったし、クラスのいじめっ子を思い切りどつきまわした時は爽快だった。
まるで自分に与えられた特殊能力――そんな風にも感じていた。

小学4年の春が来て、そんな彼女にも好きな人ができた。
隣のクラスの中山くん。
勉強もでき、スポーツもできる典型的なクラスの人気者だった。

天真爛漫な彼女がそのことを友人に話すと、噂はたちまち広がった。
ある男子が言った。

「おい、中山!あのデカ女がお前のこと好きだってよ」
「そうだ、お前あいつと腕相撲しろよ。絶対お前負けんだろ」

負けず嫌いの中山くんは、促されるままに彼女と腕相撲をした。
こちらも流されるままの彼女は、腕相撲が始まるや否や、握った彼の手を、無邪気に机に叩きつけた。

(やった、私、勝った!)
そう顔を上げた瞬間、中山くんは手を押さえながら惨めに泣きじゃくっていた。

全治3週間の打撲だった。
彼女は囃し立てた男子共々先生に叱られ、「お前はデカいんだから気を遣え」と両親に怒鳴られ、そして完治した中山くんからは避けられるようになった。

その出来事で、彼女は変わった。
スポーツ万能の中山くんを再起不能に叩きのめしたことで、彼女にかけられる声が以前より陰湿になったということもある。

しかしそれ以上に、好きな人を自分の大きな身体が傷つけたということが彼女を殻に押し込んだ。

彼女は人と触れ合うことを止め、やがて人と関わることも止めた。
中学に上がり、彼女は「ゴーレム」と呼ばれるようになった。

大きな身体でどすん、どすんと歩き、そのくせ寡黙で石のように表情を崩さないからだ。
当時はクラスでドラクエが大人気だった。

「おいゴーレム、〈スクルト〉の呪文使ってみろよ」
「お前配合しても使えねーんだよ」
「バカ、こいつと配合される相手がかわいそうだろ」
「確かにー、気持ちわりー」

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しばらくして、彼女は眼鏡をかけた。
さらに、髪を切るのも億劫になり、長い前髪は人と目が合わないように眼鏡の上に垂らされていた。

そうして彼女は、身体の大きさが目立たないよう段々と猫背になり、より暗く、より地味になっていった。
それが彼女の醸し出す薄気味悪さを、その後まで根深く増幅させることになった。

地元の高校に通った彼女に、3年間を通して積極的に話しかけた同級生は皆無だった。
何をするにも無気力で、自分からは動こうとしない彼女はそこでもまた「ゴーレム」と呼ばれ、教師からも面倒がられていた。

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高校を卒業した彼女は、電車で15分の地方都市の駅ナカにあるレストランで働き始める。
自分の好きな美味しいものを作ってお金を稼ぐということを、はじめ彼女は有意義に思ったが、それもしばらくして変わった。

ある時は、盛り付けが雑で、しかも規定の量を超えていると言われた。
彼女は無意識に自分が食べるのと同じように料理を盛り付けてしまっていて、客のおばあさんは申し訳なさそうにそれを残した。

またある時は狭い厨房に突っ立って邪魔だと言われた。
彼女にしてみれば次の注文を確認していただけなのだが、常に脱力した彼女の態度が、店長の目にはただ惚けているだけのように映ったのだろう。

彼女は料理を作るのが嫌になった。
どうにかして自分が好きなように作って、食べて暮らしていけないだろうかと思った。

それでも、彼女は耐えに耐えた。
そんな彼女に2つの運命的な出会いが訪れる。

1つはあるスマホゲームだった。
Clash of Clansという、戦略ゲームだ。

奪った資源で自分の村を大きく育てる、というゲーム性は、終わりがなく、1つのことをコツコツとやり続ける彼女の性に合っていると言えた。
彼女も他のプレイヤー宜しく、クランと呼ばれるチームに所属していた。
(そのクランの居心地は良かったが、彼女はもうそのクランの名前を覚えていない)

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ゴーレムください。 0/30

クラン内では、援軍を求める際にこんなメッセージが飛び交った。

(ここでもゴーレムか……)
彼女はそんなことを考えながら、ゴーレムをクランの仲間に送ってやるのだった。
全身灰色で、ギラギラと眼を光らせたゴーレムと自分を重ね合わせると、彼女は一人機嫌を悪くした。

それでも、このゲームは彼女にとって久しぶりに人と対等に関われるかけがえのない場となった。

それからもう1つ、彼女にとって大切な出会いがあった。
それは彼女が28になる年のことだった。

仕事にも慣れてきて、ミスも少なくなってきた頃、隣の系列店から一人、スタッフが異動してきた。
それは彼女にとってはじめ、自分とは関係のない、どうでもいいことであった。

勤務先のレストランでは、スタッフは勤務中に一度だけ、賄いを食べても良いことになっていた。
スタッフは自分の休憩時間に合わせて、厨房に賄いを作ってもらい、それを休憩室に運んでいく。

「僕の食事、お願いします」
彼女がふいにかけられた声に顔を上げると、そこには新しく異動してきた男性スタッフがいた。

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大きい……。
それが彼の第一印象だった。
彼女は自分より大きな人を見ること自体が珍しいことだった。
自分より背の高い人や、横幅の広い人は見ることがあっても、それを兼ね揃えた人に会うことはまずなく、ましてや人との関わりを避けてきた彼女がそんな人と話したことは皆無だった。

「え、あ、はい……」
彼女はしどろもどろになりながら、用意してあった食事を盛り付ける。

少しの隙に彼を見ると、丸い顔に太い腕。
自分と似た特徴ながらも、その柔和な笑みを自分が浮かべたことは、ここ20年ほどで一度もなかった。

「お腹空いたよ。早くね」
彼は少し馴れ馴れしく、そんな風に言った。

慌てて支度をして、彼に手渡そうとしたとき、彼女はハッと息を飲んだ。
焦るあまり、つい自分が食べるような大量の料理を盛り付けてしまっていた。
以前の店長の怒鳴り声が耳の奥で再生される。

しかし彼は、ふふっと笑うと何も言わずそれを受けとった。
「君さ」
彼の声に、彼女は少しだけ首をすくめる。

「僕の身体、どう思う?」
突然かけられた言葉に、彼女は答えを探しあぐねる。
「え……す、すごく……大きいです」

「でしょ?」
彼は満足げに笑った。
「僕は身体が大きいから、これだけ盛ってくれると嬉しいよ。ありがとう」

この一言が、彼女の中で何かを変えた。
その後、彼女は彼が賄いを取りに来るたびに特盛サイズの盛り付けをした。
時々店長に見つかって注意をされることもあったが、そんなことはもうどうでも良かった。

これをきっかけに彼女は彼と話すことが増え、彼女は半年後、彼と生まれて初めての交際をすることとなる。

交際を始めても、彼はそれまでの彼のままだった。
いつも笑顔で、彼女を優しく包み込んだ。

「楓さん、それ、なんてゲーム?」
彼は彼女を名前で呼ぶようになった。彼女は楓といった。

「こ、これはク、クラクラって言ってその……資源を奪ったり、む、村を守ったりするゲーム……」
「へぇ……僕にもやらせてよ」

彼はそう言うと、大きな身体で小さなスマホをあれこれと操作した。
「はは、僕の指じゃ太くてうまくできないな」
一通り操作すると、彼はそんな風に言った。

「そ、そんなの……私も同じ、だから」
「でも分かったことがあるよ」
顔を赤らめる楓さんに、彼は笑いかける。

「この身体の大きいユニットがいないと、他のユニットはやられてしまうんだ。
ジャイアントとかゴーレムがいないと、他のユニットは満足に戦えないんだね」

彼はそれだけ言うと、再びゲームに熱中し始めた。
彼がなぜ、それを言ったのか、単に気づいたから言ったのかはわからない。

しかし、その言葉に楓さんは強く励まされ、また同時に彼により深く惹き寄せられたのだった。

その後彼が、クラクラに熱中したため、楓さんは自分のアカウントを彼に渡すことにした。
はじめは彼に自分のアカウントを作ることを勧めたが、彼が楓さんのアカウントを欲しがっていたこともあり、スマホを買い替えるタイミングで端末ごと彼に渡した。

楓さんは、彼のゲームに熱中した横顔が好きだった。
彼は「メイプル」という名をそのまま使い、「メゾン・ド・ドッグス」というクランに加入した。

交際から3年が経ったある日。
楓さんは彼との結婚を考えていた。

彼と出会う前の自分には考えられなかった結婚という言葉が、少しだけ現実味を帯びてきているような気がした。
しかし、自分にとってそれが欲張りすぎていないか、高望みではないか、楓さんは少しだけ不安になった。

夜のデート帰りの公園で、楓さんは彼の袖をそっと掴んだ。
「み、道康くんは、私のこと、ど、どう思ってる?」

そう、言い忘れたが、彼は道康くんと言った。
品川の企業に勤めていて、楓さんの1歳年上だった。

「僕は君のことが好きだよ」
道康くんは、呆気なくそう言った。
しかし楓さんは、まだ少し不安が残っていた。

「私ね、小さいときから身体が大きかったの」
楓さんは、自分のこれまでの人生全部を道康くんに知ってもらいたいと思った。

小学校のときに好きだった中山くんを怪我させたこと。中高生で殻に引きこもり、社会人になってからも人と距離をとって生きてきたこと。
そして、こう伝えた。
「私、ゴーレムって呼ばれてたんだ。大きくて、重くて、暗いから」

それを、道康くんは表情を変えずに黙って聞いていた。わずかに、眉に皺が寄っているのを見て、楓さんはこのことを話したのを少し後悔した。

「ごめんね、こんなこと」
「いや、違うんだ。楓さんは、僕と同じだから」

どういうこと……?
聞こうとして、声が詰まる。道康くんはまっすぐに前を見ながら言った。

「僕もゴーレムだった。でかくて、のろくて、それに昔はかなり引っ込み思案だった。
努めて明るくしているけれど、本質は君と同じなのさ」

道康くんも、私と同じ……?
いつでも笑顔で、明るく、人付き合いもうまい彼が、自分と同じ悩みを持っているなど、楓さんには考えられなかった。

公園の街灯が、ばちばちと小さな音を立てる。
季節は冬だった。
楓さんが身体を一瞬震わせると、道康くんはその肩を正面から抱きしめた。

「クラクラのゴーレムって、ある程度攻撃されると2つに分裂するでしょ?」
しばらくの後、誰もいない公園で、道康くんは腕の中の楓さんに語りかけた。

「もしかしたら、僕たちは同じゴーレムから分裂した2体なのかもしれない。
同じ悩みを持って、同じ喜びを持ってこれからも生きていく。
僕ら二人なら、できるような気がするよね」

道康くんの温かい胸の中で、楓さんは大きく頷いた。
その身体は、喜びに小さく震えていた。

その半年後、二人は共に生きていくことを誓った。


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