※本シリーズは当サイトで掲載しているクラクラ小説のサイドストーリーです。設定や登場する名称などは実在の人物・団体とは一切関係ありません。

<あらすじ>
かつてクラクラのトッププレイヤーだった大学生・森文人はある日、交通事故で死んだ。
文人の恋人・岬はその3年後、事故の直前に文人が謎のプレイヤー「
clairvoyance」に呼び出されていたことを知る。

文人のかつての相棒・西谷からすべての真相を聞いた岬。しかし聞けば聞くほど、真相は闇の中に転がり落ちていく。文人の死の真相を暴くべく、謎のプレイヤー・Clairvoyanceを探す岬だが、その調査は困難を極めていた……。


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日曜だというのに、小学校は朝から人々の賑やかな声に包まれていた。

岬はその日、職場の小学校の職員室にいた。

 

その日、小学校では近所の幼稚園の運動会が行われていた。

岬はその校庭使用の監督を、先輩教員から押し付けられたのだった。

 

「まつたけ幼稚園 うんどうかい」

今朝、太った保母さんが岬に手渡したプログラムを、横目でそっと見る。

 

小学校教師という仕事をしながら、岬は特に子供が好きというわけではなかった。

死んだ文人の目指していた教員という仕事に就き、その志を自分で実現した、ただそれだけのことだった。

 

だから校庭で行われている運動会にも一切興味がなかったし、たまに聞こえる園児の泣き声も、彼女にとっては騒音でしかなかった。

とはいえ、校庭使用の監督という業務を任されている以上、定期的に校庭を見渡して危険な個所がないかを見回らなければならない。

 

岬はスマホをポケットに入れて立ち上がった。

yuzy――西谷の居場所を探し当てて1週間。間違いなく真相には近づいている。

しかし、まだ解明にはほど遠い。

 

文人の不可解な行動、エメラルドウィルスという聞きなれない単語。

その真実を知る者は、当事者である文人か、闇に消えたClairvoyance、あるいはエレナしかいない。

 

そう考えると、yuzyを探し当てられたとしても、それは結局行き止まりのトンネルをさらに深く掘り進んだだけのようにも感じられた。

 

重い足を運んで校庭の砂を踏みしめる。

あたりで園児がはしゃいで走り回るものだから、乾いた校庭は全体的に埃っぽく、不快感に満ちていた。

その中で、園児も保護者も、精いっぱい声をあげて笑っている。

 

ふと見ると、その輪から外れたところで男の子が一人、座っていた。

地面にタイヤが半分埋まった遊具の上で、ぼんやりと運動会の輪の中を眺めている。

 

他と比べて異様な雰囲気をもつ子供に、岬は少し躊躇った。

しかし、園児が一人遊具に上っている危険性を考え、ゆっくり近づくと話しかけた。

 

「ボク? そんなところ一人で上ると危ないよ。先生は?」

 

声をかけた瞬間、幼児が目を丸くして岬を見た。

あ、泣かれる。

岬はそんな予感がした。

 

しかし、幼児は泣かなかった。目を丸くしたまま、絞り出すような声で言った。

「み、岬……?」

 

「え?」

ふいに呼ばれた自分の名に、岬は声を出すことを忘れる。

反射的に園児の体操着の胸元を見た。

<まつたけようちえん ばらぐみ みかさはじめ>

 

知らない名前だった。聞き間違えかと思い、平静を装おうとしたときに目の前の幼児は確かにこう言った。

「岬、お前……なんでここに」

 

岬はふとして自分の首から下げた名札に手をやる。

小学校の敷地内では、防犯のために教師も自分の名前を書いた名札を首から下げることになっていた。

 

この子は、それを読んだのだと思い、岬はわけもなくため息をついた。

しかし、見たところ幼稚園年少くらいであろう子供が、一瞬でひらがなを解読して声に出すことができるのだろうか。

 

「なんでここにって、私は小学校の先生よ。みんなが運動会をしている間、危ないことが起きていないか見ているの」

岬は目線を幼児に合わせるようにしゃがんで、できる限り優しい声で言った。

幼児は少し泣きそうな目になりながら、何か言葉を探すように口を動かした。

 

「ほら、君の先生はどこ? みんなのところに戻ろう?」

岬はゆっくりと幼児の脇に手を差し入れ、静かに地面に下ろす。

彼は抵抗することもなく足をつけると、少しよろめきながらも自立した。

 

「あれから3年か……。元気にしてたか?俺はこんな姿になったけれど」

幼児はぽつりとそんなことを言った。

どこで覚えた言葉なんだろう? 岬はそれを無視して幼児の手を取る。

 

すると幼児は岬の手を振り払うと、「岬!」と急に大声を出した。

遠くで、保護者の群れが岬を見る気配がする。

 

「岬じゃないの。私は先生なんだから、先生って言わなきゃだめでしょ」

「違うんだ岬」幼児は無視して言った。

こんな面倒な子供、早く引き渡さなければと思い強く手を引こうとしたとき、幼児はさらに続けていった。

 

「岬、俺だ。文人だ。おれは三年前に死んだ、森文人なんだ!」

 

* * *

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岬は小学校の駐車場の日陰に座ってスマホに指を滑らせる。

メゾン・ド・ドッグスは良いクランのようだった。

 

メンバーは活発で一体感があり、リーダーの西谷も信頼されている。

だから突然自分のような部外者が入り込んでも自然に受け入れてくれたのだろう。

このクランにいると、外に出ていくことを忘れてしまう。

 

岬は見つけた放置村をアーチャーで取り囲む。

チャリンチャリンと、画面の中で資源が飛び散る。

 

西谷と話をした後、岬はエレナのいなくなったシーハーツ観測部に再度加入して事情を訊いた。

しかし訊くところ、リーダーのエレナは誰にも何も言わず、リーダーの役職を押し付けて脱退してしまったのだという。

 

残されたメンバーとの会話でエメラルドウィルスの名前を挙げたが、怪しまれるばかりで彼らは何も知らなかった。

 

だがそんなことはどうでもいい。

いまはもっと大事な問題が目の前にある。

 

「こんなところにいたんだ」

ふいに声をかけられ、岬は顔を上げた。

先ほどの幼児――三笠ハジメがそこにいた。

 

「初めにジャイアント、それから攻撃ユニットだって言ったろう?」

子供らしからぬ物言いに、岬は観念したように目を伏せた。

 

「本当に文人なんだね」

「だからそうだって、言ってるじゃないか」

 

呆れたように言って、文人は横に座る。

「ほらそれ、早くユニット出さないと、せっかくの放置村なのに時間切れになっちゃうよ」

文人に言われ、岬は慌てて人差し指をスマホに押し付けた。

 

岬は動揺していた。それは当然のことであった。

死んだ恋人が三年後、幼稚園児の姿で岬の前に現れた。

その園児は声と外見こそ幼いものの、当時の文人の話し方そのままで、三年前の二人に関わる全てを漏れなく言い当てたのだ。

 

岬は素直に喜ぶことはできなかった。

喜びという感情の前に実感がなかった。

 

ありえるのだろうか。

3年前に間違いなく死んだ恋人が、もう一度自分の前に現れることなど。

自分はどうしたらいいのだろう。幼児となって甦った恋人を、もう一度愛せばよいのというのだろうか。

 

判断がつかないままの岬にできることといえば、理解しきれていない自らの頭を欺き、冷静を装うことだけであった。

 

「噂で聞いたよ。誰かがアカツキを使って、yuzyを探しているって」

「そっか」

「それが岬だとは思わなかったけれど。てっきり他の誰かだと――」

「例えばClairvoyanceってプレイヤーとか?」

 

瞬間、文人の表情が硬くなる。幼児の顔が恐怖の表情に歪むのを見て、岬はわずかばかりの罪悪感に駆られる。

文人は間違いなく何か事情があって死んだのだ。そしてそれにはClairvoyanceが確かに関与している。

 

「どうしてその名前を……まさか西谷が」

「違うよ。私調べてるんだ。文人が死んだ理由」

 

「え……」

文人は返す言葉を失う。そんな文人をちらりと見て、岬は淡々と続けた。

 

「文人は死ぬ前、明らかに様子がおかしかった。何かにとりつかれるようにクラクラをしていた。それでそのあと、文人のスマホを見たら、怪しいメールがClairvoyanceってプレイヤーから来ていた。文人の死んだ場所、死んだ時間すべてが書いてあった」

 

念を押すように、「だよね?」と文人に問いかける。

 

「西谷君から聞いたよ。エメラルドウィルスって何? そのせいで文人は死んだの? それとも――Clairvoyanceって人に殺されたの?」

 

文人はしばらく何も言わなかった。

どう答えていいものが、悩むように眉間にしわを寄せた。

それを見つめる岬も、険しい表情になっていた。

 

「岬、この件から手を引け」

文人は呻くように呟いた。見た目とかけ離れたその声に、岬は少し驚く。

 

「お前には危なすぎる。このことは誰にも言うんじゃない。クラクラもやめろ。この件はお前が想像しているより大きい問題なんだ」

 

文人の厳しい目つきに、岬はさらに動揺した。

しかしここで食い下がれるわけがなかった。押し殺していた感情が顔を出す。

「どうして……? これまで私、文人のために色々調べて頑張ったんだよ? 文人が死んだのが納得できなかったから、なのに……!」

 

「おーいハジメ、ここにおったんか」

駐車場の向こうから突然声をかけられ、文人は立ち上がった。

ジャージ姿の老人が、サンダルの音を響かせてゆっくりと近づいてくる。

 

「父兄リレーとかいうものに出ろと言われるんじゃが、ワシじゃあ無理だろうと逃げてきたわい。ありゃ、なんじゃこの方は」

とぼけた声の老人に力を吸い取られるような思いで、岬は立ち上がって会釈をした。

 

足元で文人がため息をつくのが分かった。

「岬、この爺さんは俺のこの身体――三笠ハジメの祖父。俺のことも全部知ってる」

 

それが聞こえてか老人は、ああ、あんたが、としゃがれ声で答えた。

老人が自分のことをどこまで知っているのか、わからなかったが、岬はもう一度だけ会釈をする。

 

「四六がいると説明が面倒だ。運動会が終わった後、メゾン・ド・ドッグスに行く。西谷にも、本当のことを話さなくちゃならない」

 

文人は急に立ち上がると、四六の袖を掴んで校庭に戻っていった。

そして急に振り向いて言った。

「いいか、絶対にこれ以上このことに関わるなよ」

 

残された岬は、しばらく息をするのも忘れてその場に立ち尽くした。

 

* * *


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「いいのか、ありゃ、お前の『元カノ』なんじゃないのか」

サンダルの乾いた音を響かせ、四六は冗談めかして言った。

しかしその表情は笑ってはいなかった。

 

「いいんだよ」

文人は吐き捨てるように言う。

「あのままいたら、余計なことまで言いそうになる。せっかくあいつが危険な目に合わないようにやってきたのに、俺は……」

 

グラウンドには砂嵐が巻き起こっていた。

それが目に入ったことにして、文人は軽く目元をこすった。



To be continued...



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