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「お兄ちゃん、何してるの?」

私はリビングでスマホを見つめるお兄ちゃんを覗き込む。


春の昼下がり。

柔らかい日差しの中、私とお兄ちゃんの二人だけの時間。


「んー?」

気だるそうに声をあげるお兄ちゃん。

今にも閉じてしまいそうな眠たげな目が可愛い。


「クラクラだよ、クラクラ」

お兄ちゃんは寝返りをうちながら答える。

少し伸びた前髪が、その目元を隠す。


お兄ちゃんは私の本当のお兄ちゃんではない。

隣の家に住む、2つ上の幼馴染みだ。


小学校の時から、いやもっと昔、気づいたときから私はお兄ちゃんに恋をしていた。

お兄ちゃんと同じ場所にいたくて、同じ高校に入った。

お兄ちゃんの背中を見ていたくて、同じ部活に入った。


それでも叶わないのが、この恋。

お兄ちゃんはいつも他の人を見ている。


「そういえばよー、マキ」

相変わらずスマホをいじりながら、お兄ちゃんが思い出したように言う。


「おれ、またフラれたー」

「え、またー?」

私は呆れ声で応える。


「なんか、やっと仲良くなってきたクラスの子に告白しようと思ったんだけどさ。いざ告白しようと思ったその日から、その子不登校になっちゃって。

何が原因かわからないんだけど、おれのせいなのかな。下心が見えて嫌われちゃったのかなあ」


お兄ちゃんは、何でもないことのように言った。

でも私は知っている。お兄ちゃんは強がっているだけで、本当はかなりショックを受けている。


「その前に好きになった子は転校しちゃうし、その前は退学、その前はどっかの男の子供を妊娠......。おれ、ついてねえなあ」


そう言うと、お兄ちゃんは小さくため息をついた。

お兄ちゃん、今回はだいぶ堪えているみたい。

そんな悲しそうなお兄ちゃんも素敵だけど、私だけでもお兄ちゃんを支えてあげなきゃ。


「大丈夫だよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんなら、絶対に素敵な彼女ができるから!」

私が言うと、お兄ちゃんはむくりと起き上がる。


「そう思うかあ?」

「思う思う!だってお兄ちゃんかっこいいもん」


そう言うとお兄ちゃんは少し照れて目線を斜めにはずす。

その表情が可愛くて、私は少し赤くなる。


「あーっ! おれもエロマンガみたいなセックスライフを送りてー!」

そう言うと、お兄ちゃんは再びソファに倒れ込む。


「ねえ、仮にも女の子の目の前でそういうこと言う? フツー」

私は怒ったような声でお兄ちゃんの正面に回り込むと、必要以上に顔を近づけてスマホを覗き込む。


まだタウンホールレベル4の村は、未発達で、所々が穴だらけ。

育ちきっていない村を見られたお兄ちゃんは、少し恥ずかしそうにスマホの画面を遠ざける。


「お前、勝手に見んなよなあ」

怒ったお兄ちゃんも可愛い。

にやけそうになる口元に力を込めて、私はスマホを奪い取る。


「好きな子にフラれちゃったから、スマホゲームで自分を慰めようってコト?」

私はお兄ちゃんのスマホを掴んで、その胸元に頭を乗せる。


ソファの上で全身が密着した状態。

脳みその中心に、お兄ちゃんの心臓の音がいっぱいに響き渡る。

私でも緊張するんだね。そう思うと嬉しくて、私の声は自然と弾む。


「そんな寂しいお兄ちゃんに、イイコト教えてアゲル」

画面左上の青い人型のボタンに触れると、クラン検索画面を開く。


思い付くままに文字を打ち込み、勝手に加入ボタンを押すと、すぐにクランに加入した。

「お、お前何してんだよ」


焦るお兄ちゃんは、私からスマホを取り返すと、なんだこの画面、と狼狽えた。

「クランっていうんだよ。それに入らないと、クラクラの醍醐味の対戦もできないんだよ?」


「ギルド、みたいなもんか?」

お兄ちゃんはよくわからない言葉を言ったが、私は適当に頷く。


「そこでもっと色んな出会いがあるかもね」

そう言い残すと、私は名残惜しくもお兄ちゃんに体から離れる。


スキンシップに慣れすぎるとドキドキが薄れちゃうからね。

物足りないくらいでやめておかないと。いまは満足なんてさせないんだから。


私はよく分からないで動けずにいるお兄ちゃんをおいて部屋を後にした。


* * *


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「すげーよ、マキ。クラクラっておもしれえ!」

休み時間に興奮した様子で、お兄ちゃんは言った。


「でしょ? クランに入ると世界が変わるよ」

淡々と私は返す。わざわざ一年の教室までやって来たお兄ちゃんは、あまりに冷静に私に戸惑いながら、あたりをキョロキョロと見渡した。


私はお兄ちゃんをクラン「星川高等学校」に加入させた。

星川高等学校は私たちの通う高校の名前で、メンバーは皆この学校の生徒だ。


クラメンには自分の身分を明かしている人もいれば、わざとミステリアスな雰囲気を出すために身分を明かさない人もいる。

そして、そういう人がいれば、皆やっきになってその人を特定したがる。


「なあ、クランにいる超野球伝説って奴が、クラスの笹川だったんだよ。あいつチャットだとめっちゃ喋るのな!」

お兄ちゃんは嬉しそうにクランのことを話す。


「お前、リーダーのnicoって誰だか知ってる?」

「知らない」

「じゃあさ......」


お兄ちゃんは声のトーンを一際押さえて、私の耳元で囁く。

「みき。って誰だか分かる?」


「みき? 知らない。1年3組の三木谷さんか、4組の美紀子じゃないの?」

「へえ、そうかあ」


そう言うと、お兄ちゃんは少し目を細めて3組と4組の教室のある方を見た。

「どんな子なんだろう、見てみたいなあ」


お兄ちゃんは、「みき。」というクラメンに恋をしているようだった。


* * *


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その次の日、お兄ちゃんは朝、一人通学路を自転車で走っていた。

「おはよう、お兄ちゃん!」


朝からお兄ちゃんに会えるなんてラッキー!

私は元気よく笑顔でお兄ちゃんの横に並ぶ。


しかしお兄ちゃんは返事らしい返事をしなかった。

「おお」とか「うう」とかいう呻き声をあげて、目線も定まっていない。


「どうしたの?」

私が聞くと、お兄ちゃんはしゃがれた声とともに私を見返す。


「おれ、やっぱ何か呪われてるのかな」

お兄ちゃんはそれだけ呟くと、また視線を落とし無言になる。


「どういうこと?」

お兄ちゃんの悲しむ姿も素敵だけど、そのまま放っておくなんて私にはできない。

私が聞くと、お兄ちゃんはゆっくりと噛み締めるように言った。


「昨日言ってた、みき。ってクラメンの子、クランからキックされちゃったんだ」

「え、なんで?」


「分かんないよ。普通におれと喋ってたら、いきなりキックされて。リーダーのnicoって人にさ。やっぱりおれが悪いのかな。クラクラで出会いなんて期待したから、バチが当たったのかも......」

お兄ちゃんはそう言って私の方に振り向きもしない。


さすがに私も不憫になって、信号待ちで手を伸ばし、お兄ちゃんの髪を優しく撫でる。


「大丈夫、お兄ちゃんが悪いんじゃないよ。ただ、少し間が悪かっただけだよ」

そう言うとお兄ちゃんは少し安心したような顔をした。


駐輪場で笑顔を見せると、お兄ちゃんはいつものように教室に入っていった。


* * *


昼休み、私は屋上で一人、クラクラを開く。

私がクラクラをやっているのは、誰にも教えていない私だけの秘密だ。


クラクラでの私の名はnico。

クラン「星川高等学校」のリーダーをしている。


昨日の「みき。」はキックしておいて正解だった。

奴の正体は二年生の舞浜美樹。

私のクランに在籍させてもらっていることも忘れて、お兄ちゃんに手を出そうとしたから、私が天罰を下した。


ついでに言えば、お兄ちゃんが好きになった女たちも、私が色々な手段で陥れ、破滅させた。


前の女は有りもしない援助交際の噂を流して転校させ、その前の女にはコンビニで商品を鞄に突っ込んで万引き犯に仕立て上げた。

その他にもお兄ちゃんに近づく小汚ない虫は、私がすべて排除した。


これはすべて当然のことだ。

お兄ちゃんに相応しい女は私しかいないのだから。


私はクランチャットを見返して、害虫がいないかを確認する。

クラクラって楽しい。お兄ちゃんがマルチを攻めているのか、クラン対戦の準備をしているのか、いつでも人目でわかるから。


お兄ちゃん。

私がずっと、お兄ちゃんを守ってあげるね。


第十一話>


最終章・序>