※本シリーズは当サイトで掲載しているクラクラ小説のサイドストーリーです。設定や登場する名称などは実在の人物・団体とは一切関係ありません。

<あらすじ>
かつてクラクラのトッププレイヤーだった大学生・森文人はある日、交通事故で死んだ。
文人の恋人・岬はその3年後、事故の直前に文人が謎のプレイヤー「clairvoyance」に呼び出されていたことを知る。

岬と再会した文人は、かつて所属したクラン「メゾン・ド・ドッグス」に戻り、相棒だったyuzyと出会う。クラメンの「ネル」に促され、すべての真相を語る文人。そこにネルの意外な言葉が投げかけられる。


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ネル

話は終わりか。

森文人、まさか生きていたとはな。


チャット上の文字は先ほどの熱量が嘘のように消え去り、無機質に、そして冷たく画面に貼り付いていた。

冗談や戯言ではない、本物だ。西谷はその文字を見て顔が熱くなった。


アカツキ

あなた、何を言っているの?


現実から目を背けるような岬の言葉が、黒い背景に白く光る。


ネル

まったく、あなたのせいで余計な時間がかかってしまいましたよ。

あの事故からどうやって生き延びたのかわかりませんが、再び私の前に現れるとはね。


必要以上に丁寧な言葉が、西谷をいら立たせる。

ネルと名乗るプレイヤーは、数か月間にメゾン・ド・ドッグスに加入した。


普段はあまり発言することはないが、対戦での攻撃にそつがなく、また防衛も硬い。

クラメンが何か質問すると、寸分の狂いも、誤りもなく、正確な返答をする。


こいつがClairvoyance――。

現SC社社員で、クラクラの基幹部分を設計した人物なのか。

そう考えると、正確すぎる知識にも、計算されつくした攻撃にも納得ができた。


だがまさか、文人を殺し、クラクラを壊そうとする元凶が自分のクランに入り込んでいるなどと、西谷は想像したこともなかった。


ミカサ

お前、ふざけてるんじゃないだろうな。

本当にあのClairvoyanceなのか?


ネル

ええ、私がClairvoyanceです。

ヨコハマの、歩道橋のある大きな交差点であなたを殺そうとした、ね。


ミカサ

間違いない……。こいつだ。


文人が死んだのは横浜だった。

西谷と文人が住んでいたアパートにほど近い、歩道橋のある交差点で文人は道路に投げ出されて死んだ。


ネル

それにしても不思議ですよ。

あなたは間違いなくトラックに轢かれた。どう考えても死ぬはずだった。

にも拘らず、あなたはこうして生きて私の前に現れている。

なぜか元のアカウントを恋人に渡し、自分は新しいアカウントを見つけて、ね。


ミカサ

なぜ俺が本物だと分かる。成りすましている可能性もあるはずだが。


ネル

あなたは詳細を知りすぎているんですよ。

森文人は、他人を巻き込むかもしれない危険な状況で、他の人間に余計なことを話したりしません。

よって、これほどまでに詳しい話ができるのは森文人、本人くらいなのですよ。


ネル

おっと、これを見ている「一般の」クラメン諸君。

あなた方がこれを見て誰に知らせようと無駄ですよ。

いちプレイヤーが、こんな不正を超えた夢のような不正のことを密告したって、聞き入れられるはずないんですからね。


西谷は腰を落ち着けられずに立ち上がってスマホを見つめる。

事件の詳細を自ら話して本物であることを示すあたり、相手にはかなり余裕があるのだと西谷は悟った。


ミカサ

なんで、いままでエメラルドウィルスを発動させなかった?

「あの日」から約3年。やろうと思えばいつでもできたはずだ。


そう、文人が奴に殺されかけてから3年が経った。

Clairvoyanceと同じく、文人が幼児の姿となって甦ったことを知らない西谷は、ひどく混乱していた。


どうやって文人が生き延びたのか、文人の体がどうなっているのか、西谷には知る由もない。

ただ、なぜ文人が再び現れるまで奴は計画を実行に移さなかったのか、それが分らなかった。


ネル

こういうとき、日本人は激おこプンプン丸と言うんですかねえ。

ある意味、マジワロスでもあるんですけど


ネルはふとそんなことを言った。

西谷はいら立ち、キーボードに指を当てる。


yuzy

何が言いたいんだ


ネル

怒りたいのはこっち、ってことですよ。

お前を殺した――いや、正確には殺し損ねたあの日から、お前がめちゃくちゃにしたプログラムを組みなおしたんですよ。それにかかった時間が2年間。

その後数か月はクラクラのチート撲滅運動のためにSC社の監視が厳しくなり、目立った動きができなかった。


ネル

そしてやっと計画を実行できると思ったら、アカツキを名乗るアカウントが、森文人に成りすましてウロチョロしやがる。

さすがにその段階では実行のしようがないですよ。あなたが生きているのか死んでいるのかわからない状況ではね。

ま、うまい具合に偽物のほうをこのクランに誘導できたからよかったんですがねえ。


アカツキ

このクランに誘導......。

じゃあ、あのエレナってプレイヤーも?


ネル

ええ、私ですよ。

今はクランから抜けていますがね。


すべてが、ギリギリで動いていたということか……。

西谷は奥歯を強く噛む。


文人はClairvoyanceの策略を止めるため、必死にエメラルドウィルスのプログラムに妨害を行った。

そのとき破壊されたプログラムの修繕が終わり、まさに計画が実行されようとしたとき、岬がアカツキのアカウントで自分のことを探し始めた。


岬を文人本人だと勘違いしたClairvoyanceは、死んだはずの文人が生きていると知り、SC社への告発を恐れて計画をストップした。

すべてがClairvoyanceにとって不利に働き、ギリギリでエメラルドウィルスの発動を耐えていたのだ。


一つでも狂っていれば、エメラルド計画は現実のものとなっていた。

しかし、危機的状況なのは変わらない。ここで奴がやろうと思えば、全世界のクラクラユーザーの端末に侵入したエメラルドウィルスが動作を開始し、個人情報が筒抜けになる。

世界中のプレイヤーが危険にさらされる。


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ネル

「偽物の」アカツキ、あなたも散々振り回してくれましたねえ。

あなたのせいで、私はいつSC社に事態が知られるかと怯えて暮らしましたよ。

殺したはずの文人が生きているのか、死んでいるのか、判然としなかったんですからね。


ネル

だがそれも終わりだ。

私はこのクランごと、お前らのアカウントを消去する。

運営側でしかできない、足のつかない方法でね。

クラクラユーザーですらないお前らが、それをどうこう言ったとしても誰も聞く耳を持たないでしょう。


ネル

そして私はエメラルドウィルスを発動させ、全クラクラユーザーとそれに繋がるユーザーの個人情報を掌握する。

世の中の金の大半が私を通して動き、世の権力が私に集まる。

そして私の計画を否定したSC社は私にひざまづくのです。


すでに岬、文人、そして西谷以外のメンバーが口を挟み得る状況ではなくなっていた。

他のクラメンにとっては、誰の言っていることが本当なのかも理解できていなかった。


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ネル

ただね、森文人


ふいに再びネルの名がチャットに浮かぶ。


ミカサ

なんだ


ネル

私はお前ともう一度話がしたいんですよ。

一度は裏切られたものの、やはりお前は有能だ。

どうです、私と一緒にもう一度やり直しませんか。


ミカサ

いやだね。


文人は即座に答えた。

ネルの誘いを断ったところで事態が好転しないことを知りつつも、西谷はそれに微かに安堵した。


ネル

ですよねwww


ネルも即座に返答をする。

語尾につけた「www」が、西谷の目には邪悪に黒く映った。


ネル

誰でも冷静でないときには誘いは拒否するものです。

それに、ここには人の目もありますからね。受け入れにくいのはわかりますよ。


ネルは、文人が必ず自分の側に寝返ることを知っているかのように言った。

その自信が、エメラルドウィルスの発動後にネルが得る莫大な富と権力を窺わせる様で、西谷は一層息が詰まる思いになった。


ネル

「聖王国シーハーツ」にあなたを再び招待しますよ。

そこで二人で話をしましょう。それまで計画は実行しないでおきます。

他の人は来ないでくださいね。邪魔ですから。


ネル

クランを脱退しました。


ネルはそれだけ言ってクランを抜けていった。

残された3人と「メゾン・ド・ドッグス」のクラメンたちは、どうすることもできず、ただ、暗いチャット画面を見つめるしかなかった。


やがて、操作を忘れた西谷の画面は、ネルの残した赤い文字の残像を残して、静かに光を失った。


To be continued...



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