※本シリーズは当サイトで掲載しているクラクラ小説のサイドストーリーです。設定や登場する名称などは実在の人物・団体とは一切関係ありません。

<あらすじ>
かつてクラクラのトッププレイヤーだった大学生・森文人はある日、交通事故で死んだ。
文人の恋人・岬はその3年後、事故の直前に文人が謎のプレイヤー「clairvoyance」に呼び出されていたことを知る。

Clairvoyanceのタウンホールを破壊してエメラルドウィルスを凍結することに決めた「メゾン・ド・ドッグス」。過去を断ち切る文人。守るべきものを守る西谷。そしてかつての恋人の愛するクラクラを救う岬。それぞれの思いが交錯する。


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「ついに始まるのか、森文人よ」

「ああ、これが最後になる」

 

日曜の昼、いつも賑やかな縁側には小さな影が二つ、伸びていた。

縁側の端には、旧式のノートパソコンと収録機器。

 

四六はポケットから小さなスマホを取り出した。

いつも文人と共有してクラクラをしているスマホだ。

しわくちゃな手に似つかわしくない金属質なデバイスを、小さな手で受け取る。

 

「それにしても、いいのか?」

四六は縁側から外を見つめたままで訊いた。

「何が?」

 

眉間に皺を寄せたままの四六を見て、文人は息を呑んだ。

「お前のガールフレンドが、戦いに巻き込まれるのだろう。お前が一番避けたかった事じゃないのか」

 

文人は手元のスマホに映った顔を見つめる。

すでに見慣れた幼児の顔が、暗い画面に反射して難しい顔をしていた。

 

「仕方なかったんだ。俺が思っていたより、敵がやり手だった。アカツキを持っている岬でしか、エメラルドウィルスを止めることはできない」

「お前が、あのお嬢さんからスマホを受け取って攻撃する手もあるだろうに」

「……知ってるだろ?」

 

文人は、両掌を広げて四六に見せた。

真っ白く小さな手のひらに、捩じれば千切れてしまいそうな細く、短い指。

「子供の体ってのは、大人のように神経の反応も、筋肉の発達も発達しきっていないんだ。大人でも苦戦するクラクラの攻撃を、幼児の指で十分にこなせるはずがない」

 

文人は開いた手をゆっくりと握る。

「それに、嬉しかったんだ。

所詮、俺は死んだ身だ。遅かれ早かれ、行くべきところに行かなければならない。

死んで忘れ去られるところを、まだ覚えていて戦ってくれる人がいる。それは死者にとって最高の喜びなんだぜ」

 

四六は横目で文人の表情を伺う。

数か月ごとに全く違う顔をする幼い孫は、照れくさそうに笑っていた。

 

体の中に入った精神が我が孫のものでないと分かっていても、その外見の変化の速さが四六には愛おしく感じられた。

仮にこの身体に、孫のハジメが戻ってきたとき、自分はそれを素直に喜ぶことができるだろうか。

 

四六は貯まらず口を開く。

「この戦いが終わったら、文人、お前はどうなるんだ」

 

「帰るだろうな。安心しな、全部が終わったら、この身体はお前の孫の三笠ハジメに返すよ。そういう約束だからな」

文人は少し考えて続ける。

「この戦いが集大成だ。そのために俺たちは実況動画も作ってきたし、人も集めた」

 

「おじいさん、ハジメちゃん、ご飯できたよー」

四六の隣で、文人はは台所の祖母の声を聴いて立ち上がる。

 

四六は思う。何も知らない妻は、文人の精神が消え去ってハジメが返ってきたとき、何の疑問もなくそれを受け入れるだろうか。

それとも、違和感に気付いて不審がるだろうか。

 

「何してんだ、行くぞ四六」

敢えて子供らしく、台所まで駆けていく途中で文人は振り返った。

 

「わかってる」

四六は自分が少しだけ老いたような気がして、ゆっくりと畳を踏みしめた。

 

* * *

 

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バトゥ

リーダー、海外研修は順調ですか?

 

yuzy

ええ、それなりに楽しくやっていますよ……

 

Clairvoyanceへの攻撃が決まったものの、メンバーは立て続けに発生する衝撃的な事実に疲弊していた。

西谷の提案で、少し時間を空けてから作戦を決行することになったものの、それまでの時間も、決して気の休まるものではなかった。

 

会社の海外研修でアメリカ・ウィスコンシン州に来ていた西谷も、岬が「メゾン・ド・ドッグス」に訪れてからの期間は、妙な胸騒ぎを感じ続けており、とても研修どころではなくなっていた。

 

アメリカ滞在中は、どうしてもネット環境がwifiに影響される。

西谷は気付けば、どうしても必要な場合を除いて、常に割り当てられたホテルの自室で過ごすようになっていた。

 

「西谷くん、せっかくアメリカに来たのに部屋に引きこもって、勿体ないとは思わないのかい?」

一緒に海外研修を受けに来ている同期は、そんな風に言った。

 

それで外に出ていったとしても、西谷は自分がクラクラのことを気にしてしまうことが分かっていた。

あの日、文人が出て行ってから3年間かけて立て直した、西谷の絶好の「居場所」だった。

それがいま、見知らぬ悪によって破壊されようとしている。

 

それをどうにかすることが先決だ。

海外研修はあと1か月も残っているのだから、それが終わったらうまい食べ物にうまい酒、そういったものに心の底から浸かろう。

 

実際にClairvoyanceと戦うのは岬だ。そして、その先導をするのは、奴と直接やり取りをしていた文人だ。

彼らが奴の根城「聖王国シーハーツ」に行ってしまってからは、自分は黙って行く末を見守ることしかできない。

 

そのために自分ができることは何か。

それは、岬に少しでも多くの村を経験させ、Clairvoyanceがどんな配置を作っていようと対応できるようにすること、そしてそれに岬が怖気づかないようにすることだ。

 

ゴールド・ロジャー

リーダー、ずっとアカツキさんのために攻撃のアドバイスをしてるんですね。

 

レッド

身体には気を付けてくださいよ。みんなとクラクラのためっていうのは分かるけれど、それでリアルの体まで壊すのは良くないですからね。

 

そう、自分には守るべき場所と、守るべき人がいる。

そのために、できることを一つでも怠るわけにはいかない。

 

yuzy

皆さんありがとう。でも負けるわけにはいきませんからね。

岬ちゃん、強い村を見つけたらどんどん攻めてリプレイを貼ってくれ。

 

* * *

 

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月曜日の夜七時。

岬は自室のベッドにうつ伏せになって、そのときを待っていた。

 

Clairvoyanceが正体を現した二日後の夜だった。

その日、岬は体調不良を理由に仕事を休むと、一日中クラクラを眺めていた。

 

とは言っても、一日中練習の攻撃をしているというわけではなかった。

「クラン探す」のタブを使って、西谷の居場所を探すために訪れた数々のクランを、思い出せる限り見つけ出しては眺めていた。

 

クランの数だけ、世界がある。

そこにはそれぞれチャットがあって、それぞれの会話と人間関係がある。

 

yuzyというプレイヤーを知りませんか?」

そう言って数々のクランを渡り歩くようになったのが今年の春。

夏はとっくに過ぎ去り、今は秋が終わろうとしている。

 

初めは加入直後に用件だけを済まそうとして、即キックされることも少なくなかった。

それから半年、やっとキックをされなくなったころ、西谷のいるクランを探し当てた。

 

Clairvoyanceと戦うこと、自分の肩にクラクラ世界のすべてがかかっていることには、プレッシャーも感じた。

しかし一方では、限りなく無限に存在するクランを転々として、半年かかって西谷に辿り着くことができたという自信のほうが大きかった。

 

yuzy

ダウンホールを破壊すればいいんだ。全壊なんてする必要がない。

 

西谷はそんな風に岬を勇気づけた。

 

ミカサ

とはいえ、「聖王国シーハーツ」で待ち受けているのは奴の「本アカ」だ。

あのネルとかいう、th8のサブアカではない。

開発用ソフトと奴の天才的なセンスで作り上げられた、正真正銘、最強の配置だ。

 

文人は、そんな風に岬を身構えさせた。

 

岬は戦いに臨むにあたり、最もリラックスできる場所として、自室のベッドの上を選択した。

文人が死に、岬が引っ越してから、一人の時間を延々と過ごしてきた場所だ。

 

枕元のデジタル時計が、19時になろうとしている。

岬の手のひらに、じわりと薄く汗が滲む。

 

ミカサ

そろそろ行くぞ。

 

ミカサが脱退しました。

 

チャットに浮かび上がる文字が、白く、赤く、それぞれに霞む。

瞬きを忘れるほどに緊張していた岬は、数度目を擦ると、「メゾン・ド・ドッグス」を抜け、ブックマークから「聖王国シーハーツ」を選択した。

 

聖王国シーハーツに加入しました。

 

クランの城の盾の色が、一瞬の間に漆黒に染まった。


To be continued...



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