※本シリーズは当サイトで掲載しているクラクラ小説のサイドストーリーです。設定や登場する名称などは実在の人物・団体とは一切関係ありません。


<あらすじ>

かつてクラクラのトッププレイヤーだった大学生・森文人はある日、交通事故で死んだ。

文人の恋人・岬はその3年後、事故の直前に文人が謎のプレイヤー「clairvoyance」に呼び出されていたことを知る。
ついにClairvoyanceとの最終決戦を迎えた岬。文人の愛したクラクラを救うための決死の戦いが今始まる。岬はクラクラの未来を救うことができるのか。そして文人は……。


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yuzy

タウンホールを狙って破壊するのに一番優れたユニットは何だか分かる?

 

戦いの前、西谷はこんな風に岬に訊いた。

 

アカツキ

えっと、ウィザード?

 

yuzy

違う。いや、違くはないが確実ではない。

ウィザードや他のユニットではタウンホールではない他の施設を攻撃するのに時間がかかってしまって、結果イーグル砲やインフェルノタワーの餌食になってしまう可能性が高い。

 

アカツキ

じゃあ正解は?

 

岬は、勿体ぶった西谷の口調に少し苛立ちながらも訊いた。

 

yuzy

答えはゴブリンだ。

体力はないが、貯蔵施設の破壊スピードなら一番だ。

ボウラーラッシュで正攻法を試してもいいが、慣れないことはしないほうがいい。

だからサイドカットをして、大量のゴブリンを流し込む。

これだけでいい。

 

アカツキ

ええっ、ゴブリン? あんなに弱いのに?

 

岬は、文人と一緒に住んでいるときに試しにゴブリンを使ったきりだった。

そのときにあまりに弱くて、二度と使わないと誓ったのを覚えている。

 

yuzy

ユニットにはそれぞれ使い道があるのさ。

今回は相手を叩きのめすことではなく、盗賊のように掠め取ること。

 

それから西谷は続けた。

 

yuzy

恐らく今回の戦いは、盾ユニットさえ出しておけばイーグル砲は気にしなくていい。

インフェルノタワーも数で押せば何とかなる。

だから問題なのは巨大爆弾だ。ゴブリンが一気に死んでしまう。

ルート上の巨大爆弾を解除しながら進むこと、盾ユニットをなるべく先行させること、この二つがポイントだ。

 

岬はClairvoyanceの村を見渡し、タウンホールに最短で近づけるルートを探す。

そしてそのルート上に巨大爆弾を置ける位置も頭に叩き込む。

 

岬は意を決して、外の壁際にゴーレムを出した。

ゴーレムの足元で小さな爆弾が二つほど弾ける。

 

それから少量のウィザードで外周を削る。

なるべくゴブリンに数を割けるよう、最小限しか持ってきていなかった。

 

震える指を懸命に抑えwbを投入する。

普段は素早く走る骸骨が、この時ばかりは歯がゆいほどに遅く感じられた。

 

穴が開き、ゴーレムが内側に侵入する。タウンホールまであと2層。

ホグライダーを投入して援軍を釣る。

 

釣りだされたバルキリーとウィザードにポイズンを浴びせる。

ウィザードを追加すると、敵の援軍はオレンジ色の禍々しい湯気に包まれて呆気なく墓標に変わった。

 

ここまでは計算通りなのだ。

ゴーレムがゆっくりと歩き、巨大爆弾を二つ踏む。

ゴーレムもウィザードもすでに瀕死だった。

しかしそれでも構わない。本隊は別にあるのだから。

 

ゴブリンを小出しにして素早く周りの金庫を潰すと、岬は二本の指を、画面に強く押し付けた。

まるで指の先から湧いて出るように緑のゴブリンが大量に生まれ、村の中央に一目散に駆けていく。

 

視界の端で、さらに二つの巨大爆弾が閃光を発し、小さなゴーレムが砕け散るのが見えた。

これで巨大爆弾は一つも残っていない。

 

村の中央のイーグル砲が、震えて起動する。

天から落ちた巨大な塊が、生き残ったウィザードを押しつぶして墓標へ変えた。

 

生み出されたゴブリンたちは、それに見向きもせずに緑色の臭気の中で壁を飛び越える。

岬はただ一つ残ったレイジの呪文を村の中心に落とすと、刺激されたゴブリンたちはさらにタンクから略奪を続けた。

 

もうそれ以外の味方ユニットは残っていなかった。

そして、タウンホールを残して立ちはだかる施設もすべて消え去っていた。

タンクを破壊しきったゴブリンたちの目が、くるりと動いてタウンホールを捉える。

 

残った数、30体ほど。

この数がいれば、タウンホールは優に破壊できる。

これで、Clairvoyanceとの戦いが終わる。エメラルドウィルスを凍結できる。

 

そう思った時だった。

タウンホールにとりついたゴブリンたちの足元で、黒いものが4つ、ぱっと開いた。

 

巨大爆弾……!?

さっき4つ解除したのに、なんでまだ4つも!

 

思うが早いか、ゴブリンたちはその熱風に巻き込まれて白い亡霊と化した。

クレアのヒーローを除いては、すでに村の中に動くものはない。

 

思考が停止したまま、岬の画面は通常の村画面に強制的に引き戻された。

岬は荒い息のまま、何もなかったかのようにキャンプで蠢くゴブリンたちを見つめる。

 

クレア

ふははは……! 笑わせますね。

それで私のタウンホールが壊せると思いましたか。

 

アカツキ

なんで……巨大爆弾が8つも……!

 

クレア

さあ、なんででしょうねえ。

おっとチートなどという姑息な手段と一緒にしないでくださいよ。

私は正式にゲームを改変する機能を持ち合わせているのですから。

 

クレア

いわゆる防衛線ですよ。

あなたたちが戦いを持ち掛けてきたときから、分かっていましたよ。

私のタウンホールのエメラルドウィルスを狙いに来ることくらいはね。

 

「くっ……!」

岬は、掴んでいたスマホを思い切りベッドに叩きつけた。

「失敗した……クラクラが……クラクラがなくなっちゃう!」

 

文人はどんな顔をするだろう。

自分で戦えずに負けたことを悔やんでいるだろうか。

仕方ないと慰めてくれるだろうか。

 

飛んで行ったスマホを拾い上げて、つけっぱなしの画面を恐る恐る覗く。

 

クレア

私の勝ちですね。森文人、これで私と一緒にやっていく決心はつきましたか?

 

嬉々としたClairvoyanceの文字がチャットを埋め尽くす。

その文字を見るたびに、岬は胸のあたりが鈍く痛むのを感じた。

そのときだった。文人の文字が、チャットに静かに光る。

 

ミカサ

勝ち? あんたのか?

 

クレア

ええ、完全勝利ですよ。私と一緒にやったほうが賢いとは思いませんか。

 

ミカサ

ずいぶん冗談がお好きなようだな。

適当にクラクラブログでも見てみろよ。あんた有名人だぜ。

 

クレア

なんだと!?

 

どういうこと?

岬は一旦クラクラを閉じ、いつも仕事の合間に見ているブログまとめサイトにアクセスする。

トップには、こんな文字が躍っていた。

 

【悲報】元・SC社員リュージ・リチャードソン、クラクラで違法プログラムを拡散

【マジヤバイ】クラクラを利用して金儲け使用した開発者がいるらしいwww

 

* * *

 

岬が記事を一通り読み終え、クラクラを再び開くと、クランには西谷も加入していた。

 

アカツキ

西谷くん!

 

yuzy

終わったようだな。

 

西谷は落ち着いて答えた。

チャットには、クレアの姿はない。

 

ミカサ

間に合ったようじゃの。

 

アカツキ

文人……?

 

yuzy

この人は文人の「宿主」になっている子供のお爺さんだよ。

 

岬は運動会で目にした、老人を思い出した。

白いひげが印象的な、やせた老人だった。

 

yuzy

実はこの戦い、観戦していた文人が一部始終も含めてネットで生配信したんだ。

もちろん、その前の会話も含めてね。

文人はお爺さん――四六さんと実況動画を撮っていたから、かなり注目を集めたようだよ。

そして僕は、その動画を見るようにSC社に連絡をした。

 

ミカサ

あいつがわざと敵と長話をしたのは、奴の情報を引き出すためじゃった。

結果、敵からうまく個人を特定しうる情報を引き出したことで、話題化できたということじゃな。

 

アカツキ

え、じゃあクラクラは……

 

yuzy

もう大丈夫だよ。

岬ちゃんが戦ってくれたおかげで、奴のことを告発することができた。

結果的には負けちゃったけど、戦うのは岬ちゃんにしかできないことだった。

 

西谷の文字を見た岬は、そのままベッドに突っ伏して泣いた。

クラクラが救われたという実感よりも、極度の緊張から解放されたことで、涙腺が緩んだ。

 

ミカサ

奴のことはSC社がうまく処理してくれるだろう。Clairvoyanceのアカウントは、すぐに凍結されるじゃろう。

そして、言いにくいんじゃが……恐らくそのアカツキのアカウントも……。

 

アカツキ

え……?

 

岬は目を見開いてその言葉を咀嚼した。

アカツキが凍結される? 文人のアカウントが……。

 

そしてその時はすぐに訪れた

「アカウントから不正なアクティビティを検知しました」という赤文字が、画面に浮き上がる。

 

アカツキ

ちょっと待って、西谷くん、お爺さん!

これ、どうなるの? 文人はどうなったの?

 

次の瞬間、岬の手元ではタイトル画面が表示されていた。

そして「アカウント凍結」の表示のまま、ゲームがそれから先に進むことはなかった。

 

* * *


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「お先に失礼します」

「あ、おつかれさまー」

 

浜田岬はコートを着込むと、小学校の職員玄関を開けた。

時刻は18時。それほど遅い時間ではないが、11月ともなると、刺すような冷たい風が岬の頬にぶつかってくる。

 

あれから3日が過ぎた。

結局、文人のスマホはクラクラに一切アクセスできず、文人とも西谷とも連絡はとれなくなっていた。

自分のスマホで新しく始めようかとも思ったが、クランの城の再建までに時間がかかりすぎて投げ出した。

 

ふと、通用門のわきに人影があるのを見つけた。

小さな影が、大きな影に纏わりついて動く。

 

「文人?」

見ると、それは老人と子供の影だった。

寒そうに身をすくめてふらふらと動く子供の手を取り、老人が頭を下げる。

 

「ちょっと、一緒に歩けないかね」

老人は言った。

「だれー? お姉ちゃんー」

 

文人だと思っていた子供は、文人ではなかった。

しかし、運動会で見た子供であることには、間違いなかった。

 

「あの……文人は、もしかして……」

岬が言うと、老人は少し言いにくそうに俯き、「ああ、帰っていったよ」そう言った。

 

喉がきゅっと締まり、口中に苦い味が染み出てくる。

文人にはもう会えない。そう思うと、自然と視界が涙に揺れた。

 

「最初はただの鬱陶しいガキだと思っとった。わしの孫を返せと毎日思った。

しかし愛着は湧くものでな。いつの間にか、あいつはわしの本当に孫になっておった」

岬は、老人の横を歩きながら、小さく頷いた。

 
「あいつはこうなることが分かっていた。自分では戦えないことも、そして並の人間では敵に太刀打ちできないことも。だから切り札として、実況動画を撮り始め、いつでも人の注目を集められるようにしていた」
老人は力なく笑った。少し疲れているようであるのが、岬にも分かった。 
 

「あの戦いの後、ちょうどアカツキのアカウントが凍結されたころ、孫は年相応の幼い眼差しに変わっておった。その時、恐らくあいつは帰るべきところに帰っていったのだろう」

老人は子供の頭を強く撫でた。

子供は意味も分からず、嬉しそうにその手を跳ね除けようとする。

 

「文人は……何か言っていましたか?」

岬に訊けるのはそのくらいしかなかった。それ以上話したら、秋の夜の空気に誘われて、涙が溢れてしまいそうだった。

 

「大切なものを守れたと。悔いはないと言っておった」

老人は、噛みしめるように言って遠くの街灯を見つめた。

「その大切なものというのは、クラクラのことであり、あんたのことだったのかもしれないな」

老人は、そんなことを言った。

 

* * *


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駅の改札で別れを告げると、老人は今来た方向へとゆっくりと歩いて行った。

岬はその二人の影が街の明かりにかすんで消えるのを見届け、ホームの一番端の柱にもたれかかって電車を待った。

 

遠くで鈴虫の声が聞こえる。

文人が死んだ日も、そんな秋の夜だった。

遠くで光る宇宙を見て、岬は思った。 

 

帰ったらもう一回自分のスマホでクラクラを始めよう。

そして、できれば自分でクランを作って、色々な人が協力し合える楽しいクランを作ろう。

 

岬のそんな思いに答えるように、滑り込んできた電車が一つ、警笛を鳴らした。


fin.



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