ゴールド・ロジャー
レッドさん、ナイス更地です!
レッド
ありがとうございます!
でも、佐藤さんのおかげですよ。
佐藤さんが色々教えてくれたから取れた全壊です!
yuzy
レッドさん、さすがです。
それに、佐藤さん、いつもアドバイスありがとうございます。
スカイブルー
佐藤さん、私にも教えてくださいよー!
人に頼られることを徹底的に避け続けていた私は、いつしか人に頼られることで快感を覚えるようになっていった。
その素晴らしさを教えてくれたのがクラクラだった。
そして、再び昔の私を思い出させるのも、クラクラだった。
* * *
私はその日、得意先との定例会に出るため、家から直接得意先に出向いた。
朝から特急電車に乗って、茨城の得意先に着くのが昼前。
1時間の定例会を終えて帰るのは午後3時ごろ。
会社のことが少し気がかりだった。
取引先との問題を抱えた若手は大丈夫だろうか。
人事考課の相談があると言っていた部長とも打ち合わせをしなくてはならない。
生まれてから、こんなに人の心配をするのは初めてだった。
特に心配なのは、隣の席の丸山さんだ。
いつも元気な彼女だが、最近元気がなかった。
クラクラをしているときは元気そうだが、昨日は体調不良で早退したという。
今日は元気に会社に来ているのだろうか。
気だるい西日の中、オフィスに踏み入れると、いつものやや湿った匂いが目に染みる。
ただ、いつもの違うのは、扉を開いた瞬間に私に向けられた数々の視線だった。
「佐藤さん……」
自席に座ると、向かいの机の若手が囁いてくる。
「舞浜本部長がお呼びです」
「本部長が?」
ふと見ると、隣の席は綺麗に片付けられていた。
* * *
私は人ごみの中をすり抜け、電車に乗った。
後から乗ってくる人に突き飛ばされるようにして窓際に立つと、一層疲れた顔の自分がそこにいた。
丸山さんが辞めた。
理由は明確には分からないそうだが、どうやらセクハラが原因とのことだった。
「最近やっと男らしい、いい顔をするようになったと思っていたのに、何をやっているんだね、君は!」
舞浜本部長には、そのように言われた。
「わ、私が彼女にセクハラをしたと……?」
「彼女の隣に座っていたのは君だろう! 君が彼女に何度も話しかけているのは皆知っていることだ」
「しかしそれは、最近元気がなかった彼女を励まそうと……」
すると本部長は大きくため息をついて言った。
「それが逆効果ということもあるだろう。メールの履歴はいまシステム課が確認をしているが、外部の業者に出すため数日はかかるようだ。それに、君が原因でなかったとしても、それは職場を管理できなかった君の責任だ」
君の責任は、私の責任でもあるのだがな。
本部長はそんなことを言った気がするが、すでに私の耳には何も届いていなかった。
総務や監査室からの長時間の取り調べを受け、帰宅するのはすでに午後10時。
帰り際に、席の近い大村課長が「少なからず彼女の責任でもありますから、気にしないほうがいいですよ」と励ましてくれたが、あまり気は休まらなかった。
クラクラをして初めて、私は人に積極的に関わるようになった。
それまでは人に教えて、それがうまくいかなかったときのリスクばかり考えていた。
それを踏み切ったとき、自分の教えに対して感謝される喜びを知った。
だが、人に関わりすぎた結果、私は一人の部下を辞めさせてしまった。
それもまさかセクハラが原因だなど、想像すらできなかった。
まさか、彼女が最近落ち込んでいるように見えたのは、私が原因だったということなのだろうか。
* * *
絶望の中、玄関の扉を開ける。
開けた瞬間、部屋から出てきた娘と目が合った。
「あ、ただいま……」
「……」
娘は無視して風呂場へと消えていった。
娘の秋は高校二年生。再婚した妻の連れ子だ。
私には一度も心を開いたことがない。
私と妻はバツイチの再婚同士だった。
秋が15歳になった夏、私たちは結婚をし、3人家族になった。
妻は秋の父親と、秋が7歳の時に離婚した。
昔の父親は血気盛んな昔気質の男だったというが、カッとなって手が出ることが多く、秋への影響を心配した妻が離婚を申し出たのだという。
秋にとっての父親がその人なのか、私には分からない。
鞄を置いて、棚からアルバムを引っ張り出す。
私の写真が一枚もないアルバム。移っているのは幼い秋と、少し若い妻、そして見知らぬ男の3人だけだ。
このマンションも手狭だ。できれば一軒家を立てて引っ越したい。
しかし秋が私に心を開いてくれない以上、引っ越しもしようがない。
アルバムをしまって目をやると、机の上には秋のスマホ。
私は反射的に手に取って電源を入れた。
何か共通の話題ができれば、血の繋がっていない親子の溝が埋まるような気がしたのだ。
しかし、出てくるのはパスワード入力画面のみ。
それもそうだ、年頃の娘にとっては、スマホの中ですら自分の部屋と同じなのだろう。
「なにしてんの」
背後から急に声をかけられ、私は肩をすくめた。
振り返ると、後ろには無表情の秋が、私を見下ろして立つ。
秋は黙って私からスマホを奪い取ると、「マジきもいんだけど」
そう言い残して、自室の扉を乱暴に閉めた。
取り残された私は、どうしようもなく、自分のスマホを取り出した。
無意識にクラクラを開くと、クラン大戦が終わるところだった。
会社でバタバタしすぎて、対戦で攻めるのを忘れていた。
戦況はまさに一点差。星1つ残ったタウンホール8を攻撃して星をとれる可能性があるのは、私しかいなかった。
佐藤
皆さんすみません。
リアルで色々ありまして!
ブルースカイ
いいから佐藤さん、早く攻めて!
全壊とれば勝てますから!
促されるままに、攻撃ボタンを押す。
いつものように、丁寧にドラゴンを置いていく。しかし疲れなのか精神の不安定さからか、その指は私の意思とは関係なく小刻みに震えた。
「あ……」
気づくと、画面左側のドラゴンがきれいに消滅していた。
残った右側のドラゴンは、タウンホールに炎を浴びせながら対空砲に打たれ、次々と死んでいった。
結果は56%、タウンホール破壊できずの星1つ。
ゴールド・ロジャー
あー
鏡月アセロラ
ダメかー
クラメンの落胆がチャット越しに伝わってくる。
見たこともないその顔を想像する。みんな私を鋭く睨んでいた。
レッド
あーあ、佐藤さんが全壊とっていれば勝てたのになー。
佐藤さんに教えてもらったドラゴンラッシュも、今回全然だめだったし。
――何をやっているんだね、君は!
昼間の舞浜本部長の言葉が、脳内で再生される。
――何してんだ、私は!
私は立ち上がって仕事の鞄を掴んだ。
コートを羽織り、スマホをそのポケットに突っ込む。
バトゥ
勝てなかったのは佐藤さんだけのせいではないですよ。
レッドさん、そういう言い方はやめましょう。
佐藤
クランを脱退しました。
その音に驚いた秋が、玄関脇の自室から顔を出していた。
「何、してんの?」
「アイスだ」
「……は? アイス?」
「お父さんはアイスを買いにコンビニに行くんだ」
「あ、そ」
秋が興味なさそうに扉を閉める。
静まった部屋でいそいそと靴を履くと、私は寒空にもう一度飛び出した。
マンションの一番下まで速足で降りると、目の前のコンビニを通り過ぎて、人気のいない道をずんずん進む。
小さな商店街の中にポツンと光る私鉄の駅には、ほとんど人気がない。
その改札を通り抜け、ホームに立つと、真正面から強い風が吹いて、特急電車が滑り込んできた。
行こう。どこか遠いところに行こう。
私は、誰も乗っていない特急電車に身を預け、少しの間眠りに落ちた。
To be continued...
最終章・第二話>coming soon
最初から読む>【クラクラ小説】プロローグ メゾン・ド・ドッグスのふたり
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