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バトゥ

この間クランを抜けた佐藤さん、戻ってきませんね。

 

レッド

すみません、俺がきついこと言っちゃったから……

 

yuzy

過ぎてしまったことは仕方ないですよ。

タイミングが悪かったんでしょう。

 

ゴールド・ロジャー

それにしても、クラクラというのは奇妙なゲームですね。

フレンド機能が最近実装されたとはいえ、一度離れたメンバーを探すことはほとんど不可能に近い……。

 

ブルースカイ

そういえば昔、silviaさんやクロックスさんなんて方もいましたね。

今頃どうしているんだろう?

 

yuzy

佐藤さんはきっと戻ってきてくれます。

彼は、我々のクランに必要な人ですから。

我々が必要としている限り、きっと、戻ってきてくれますよ。

 

* * *

 

もうどれくらい歩いたろう。

私は、右手に抱えていた営業カバンを左手に持ち替えて、誰も通らない山道を進んだ。

 

家を出てから二日と半日。

私はある場所を目指して、山の中を歩いていた。

 

粗いコンクリートで舗装された山道は、今や使われている気配はなく、お世辞にも綺麗とは言えない、濡れた落ち葉で覆われていた。

その脇には道標ともいえるだろうか、地図にも載らないような細い小川が流れていて、私はそれに沿ってひたすらに歩いた。

 

妻には心配させないようメールを一通送ったが、それきりだ。

会社はすでに二日間も無断欠勤している。

昨日は何度も会社や妻から電話とメールが飛んで来たが、今日はほとんどきていない。

 

会社ではセクハラを疑われて信用を失い、娘には蔑まれて居場所を失い、クラン大戦では大事な場面で失敗をして信頼を失った。

失って失って、空っぽになった現実から必死に逃げるため、私は革靴を履いた足に力を込めた。

 

目的地に着く前に日は落ちてしまった。

私はそこで前に進むことを潔く止めて、ねぐらを探すことにした。

 

途中で降った通り雨で、コートはじっとりと湿っていた。

家を出てからの二晩は、何とか野宿でしのいできたが、さすがに濡れた体では同じようにはいかない。

私は死ぬ気はなかったし、風邪に苦しみたくもなかった。

 

周囲には雑木林と、打ち捨てられた畑や空地があるばかりで、人の住む気配は全くない。

ホテルや民宿など、あるわけがない。

 

冷たい風から身を守ってくれさえすれば、洞穴でも何でもいい。

廃屋でも見つかれば御の字だ。

 

そうしてしばらく探していると、雑草の茂る畑の隅に、古い道具小屋を見つけた。

トタン作りの小屋は、元の色が判別不能なくらいに錆びついていて、扉を開けただけでも倒れてしまうのではないかと思えるほど、貧弱なつくりをしていた。

 

それでも、冷たい風から身を守れるのはありがたい。

私は背の高い雑草をかき分けて、小屋の扉の前に立つと、鍵がかかっていないことを確認し、扉を壊さないようゆっくりと、取っ手を引いた。

 

ぎ……という金属の音を立て扉は簡単に開いた。

中は薄暗いが、薄暗いということは隙間が空いていないということだ。

恐らく、一晩くらいなら寝られないこともない。

 

私が安堵の息を漏らし、中に足を踏み入れようとした時だった。

「誰?」

若い女と思える声が、小屋の中に曇って響いた。

 

「ひぃっ、す、すみません」

情けない声で反射的に謝った私は、そのときふと、この二日間で初めて喋ったな、と間抜けなことを思った。

 

はじめはその声の正体が幽霊の類ではないかと思ったが、後ずさった私の顔を見上げるように暗闇から顔を出したのは、声に似合った可愛らしい顔をした若い女の子だった。

 

* * *

 

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彼女の名はアイコといった。

彼女も私と同じく山の中を彷徨っていたところ、偶然にこの小屋を見つけたのだという。

どういう理由があるのかは言わなかった。

 

本人曰く未成年ではないということだったが、私には彼女が高校生くらいに見えた。

透き通るように白い肌と、華奢で小柄な体がそう思わせるかのかもしれない。

 

私が「アイコ」の「アイ」は愛するの「愛」でいいのかと聞くと、彼女は

「昔は哀しいと書いて哀子だった。その前は愛するの「愛」だったけれど。いまはどれでもない」

とよく分からないことを言った。

 

私が佐藤だと名乗ると、彼女は「いい名前だね」と適当なことを言った。

 

結局私はほかに泊るところもなく、アイコとともに二畳ほどの小屋に泊ることとなった。

私たちは互いのことを何も知らないまま、夜を迎えた。

 

アイコは私がいることを特に気にしていない様子だった。

年がかなり離れているとはいえ、少なくとも私は男でアイコは女だ。

それにも拘わらず、アイコは私に親密に接しない代わり、警戒もしていなかった。

 

数時間も同じ密室にいるのだから、せめて少しくらいは話すべきだと思い、私が持っていた潰れかけのパンをアイコに渡すと、アイコはそれを黙々と食べた。

時計を見ると、午後十時を回っていた。

 

「まずい、対戦が」

慌ててポケットからスマホを取り出し、クラクラを起動する。

クラン「メゾン・ド・ドッグス」の対戦は、毎回この時間に終わるのだった。

 

しかし、画面に映るクランの城には、「メゾン・ド・ドッグス」のクラン名は記載されていなかった。

私はクランを抜けたのだ。

 

この旅の途中、何度も同じことをした。

チャットを確認しようとしたり、援軍を送ろうとしたり、何かの拍子にクラクラを起動して、自分がクランを抜けたことを思い出しては苦笑する。

その繰り返しだった。

それほどまでに、自分の生活にクラクラは染みついているのだった。

 

「それ……クラクラ?」

小屋の隅で、ぽつりと声がこぼれる。アイコだった。

 

「あ、ああ……。始めてかれこれ二年くらい経つかな」

「好きなんだ?」

 

初めてアイコが私に興味を示したようだった。

「ああ。単純かもしれないが、正直かなりハマっているんだ。

所属してたクラン……いや、チームみたいなものの対戦の時間だと思ったんだけどね。僕は家を出る前にそのチームを抜けてきたのを忘れていたんだ」

 

どこまで説明したらいいものか悩みながら、私はできるだけ丁寧に説明をした。

「私も知ってるよ、クラクラ」

「え?」

 

「昔少しだけやってたんだ。でも辞めちゃった。所属してたクランと合わなくて」

「そうか……」

どこか飄々とした雰囲気を匂わせるアイコの言葉に、わずかな未練が混じったように思えて、私は少しだけ困った。

 

「ほら」

彼女は相変わらず、何も気にせず私に近づくと、すっとスマホの画面を突き出した。

 

もう数か月以上も手入れをされてないのだろう、攻撃されて荒れ果てた村が少しずつ再生されていく。

silvia 、か」

私は何となく、彼女のプレイヤー名を読み上げた。

 

どこかで見たような、見なかったような名前だった。

 


To be continued...


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