>【クラッシュオブクランになったワケ】ないたアチャクイ 前編
次の日の23時。
また対戦が始まった。
先頭に立ったゴーレムは、壁の中に入り込むと、突然現れたテスラに砕かれて死んだ。
遠くの狙撃手を狙ったホグライダーは、壁を飛び越えた瞬間に爆ぜた巨大爆弾に巻き込まれて死んだ。
村の隅の大工小屋を狙ったアーチャーは、自分の役目を終えたのちに大砲で狙われて死んだ。
真紅の衣をまとったウィザードは、援軍のベビードラゴンと刺し違えて死んだ。
全員が一丸となって村の中心の黒いタウンホールを目指して進んだ。
しかし、厚い壁はその進軍を阻み、巧妙な罠がじわりじわりと染みるように彼らの命を奪っていった。
対戦は負けた。
そして流れた多くの血とエリクサーが、その村の土地に吸われていった。
* * *
クイーンが目を覚ましたのは、対戦が終わって約40分ほど経ったころだった。
見慣れた赤い台座に手をついて、ゆっくりと体を起こす。
髪は乱れていたが、すでに体の痛みはない。
髪とクロスボウの手入れさえすれば、すぐにでも次の戦いに出られそうだ。
「クイーン」
視界の外から小さな声がして、彼女はそちらに目をやった。
台座の段差に隠れて、アーチャーとバーバリアンが一人ずつ、こちらを見上げて立っていた。
「どうした」
作り慣れた無表情で顔面を塗り立て、努めて低く冷たい声を発する。
その声に委縮したのか、アーチャーは言いづらそうにバーバリアンに目配せをする。
見るとバーバリアンは、その身の丈に合わない巨大な剣を引きずっていた。
見覚えのある赤い柄と、使い古した銀色の刀身。
それはキングの剣だった。ふと隣の台座を見ると、そこにキングの姿はない。
「キングはどうした」
「――死にました」
一瞬の隙に、クイーンは呼吸が止まるのを感じた。
自分の意識とは関係なく心臓が大きく跳ねる。
「なんだと……」
動揺が伝わらないよう、クイーンは唇を嚙みしめる。
「キングが死ぬわけがないだろう」
睨まれたアーチャーは「ひっ」と短く悲鳴を上げつつも、クイーンを見る眼差しは逸らさず、半ば叫ぶようにして「本当です!」と言った。
「キングはいつもと違っていました」
口を開いたのはバーバリアンだった。
「鬼気迫るものがあるというか、いつもと違う迫力でした。<アイアン・フィスト>のオーラもにも、殺気のようなものを感じました。
そして――彼は撤退命令の後も、命令を無視して攻撃を続けました。全ての攻撃は彼に向けられ、最後には……この剣だけが残りました」
バーバリアンはそう言うと、アーチャーと力を合わせて巨大な剣をクイーンの前に置いた。
ごとり、という剣の音が、腹の底まで響く。
それからバーバリアンは、目を伏せて祈るように呟いた。
「キングは優しい人だった。俺たちの気持ちを知ろうとしてくれたんだ」
バーバリアンの言葉に、クイーンの肩が少しだけ震える。
ゆっくりとした響きは、クイーンの無表情を優しく溶かし、自覚もないまま、彼女は一筋の涙を流していた。
「クイーン……!」
初めて見るクイーンの感情に、アーチャーは驚き両手で口元を覆った。
そのアーチャーの肩に手を置き、バーバリアンは黙って首を横に振る。
「いまはそっとしておこう」
バーバリアンがアーチャーを促してキャンプに戻ろうとしたとき、突然強い力が二人を抱きしめた。
声を殺して泣きながら、二人の体に手をまわしたのは、クイーンだった。
「ごめん、ごめんね……」
クイーンの涙は透き通ったダークエリクサーとなって頬を伝い、バーバリアンの髪に落ちた。
クイーンはしばらく泣き、バーバリアンとアーチャーは抱きしめられるがまま立ち尽くしていた。
その日、クイーンは初めて人前で泣いた。
* * *
次の日、クイーンが目を覚ますと、目の前には大きな人影があって、こちらを見ているようだった。
逆光に眉をしかめながら、ぼやけた視界を見渡すと、覗き込む人影が鮮明になっていく。
「あなた……」
そこにはキングが立っていた。
驚きと寝起きのせいでうまく声が出ないことも気にせず、クイーンは慌てて起き上がった。
「生きていたのね! それとも、あれは夢だったのかしら?」
クイーンの笑顔にその人影は微笑むと、目を閉じてゆっくりと首を振った。
「違うのです、どちらも。
彼は死んだし、そのことは現実です」
「えっ……」
クイーンは狼狽えて周囲を見渡す。
いつものアーチャータワーと金庫。遠くには象牙の塔と、ゴブリンの山が見える。
「じゃあ、あなたは誰なの……?」
クイーンの問いに、人影はもう一度微笑むと、優しい声で言った。
「俺は昨日のバーバリアンです。あなたとここで別れてから、目が覚めるとこの体になっていました」
「あのバーバリアンが、なぜ……?」
「キングは若いころ、ダークエリクサーを飲んでいたと聞きます。昨日のあなたの涙、あの純度の高いダークエリクサーに触れた私は、キングと同じようにこの体を手に入れたのでしょう」
「そんなことが……」
「こうなった以上、俺はその台座に座り、この村を守らないといけない。
そう、『キング』が言っている気がするんです」
彼はクイーンの目を力強く見据えると、太い腕に力を込めた。
力の入った腕の筋肉が大きく盛り上がる。
クイーンはその人影に、かつての「キング」の影を見た。
振り返れば、主を失った白い台座。
この村を守るには、そこに頼もしい指導者が座っていなくてはならない。
「俺の名は『不愛想』。今日からよろしく頼む。クイーン」
「ええ、よろしく。……でも、今日からその名前は捨てて頂戴」
「……え?」
戸惑う彼に、鉄面皮のクイーンは悪戯っぽく笑った。
「今日からあなたの名は、『キング』よ」
クイーンは足元の剣を優しく持ち上げ、彼に両手で手渡した。
キングとなった彼は、その剣を力強く、握りしめた。
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